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高齢者施設への適切なCOVID-19感染管理介入

解説コラム
高齢者施設への適切なCOVID-19感染管理介入

取材地:湘南鎌倉クリスタルホテル(神奈川県藤沢市)2023年6月2日取材
※ 当該記事における肩書き・内容等の記載は、取材時点の情報です

本記事に記載されている製剤のご使用にあたっては各製剤の電子添文をご参照ください。

副院長 平野 克治 先生

湘南東部総合病院
副院長 平野 克治 先生

目次

高齢者施設のクラスターを踏まえた病院と施設との連携を強化

当院が所属するふれあいグループは、医療・保健・福祉・教育の総合グループとして、神奈川県を中心に71ヵ所の施設・事業所を展開しています。病院は17施設ありますが、中でも当院は高度で専門的な医療を提供するグループの基幹病院に位置付けられています。

通常、グループの福祉施設では配置医師、介護老人保健施設では常勤医師が、かかりつけ医として入所者の健康管理に努め、より高度な医療を要する患者さんを当院へ紹介しています。COVID-19感染拡大後も、デルタ株流行期まで施設内で陽性者を認めることが稀であったため、従来の連携体制を維持していました。

しかし、オミクロン株が主流となった第7波以降は頻回に施設内でクラスターが発生するようになり、COVID-19治療薬の迅速な提供体制を構築する必要があったため、当院と高齢者施設との連携を強化することとなりました。現在、当院は茅ヶ崎市内の11ヵ所の高齢者施設と連携し、施設からCOVID-19陽性の連絡を受け、診断の後抗ウイルス薬を処方しています(1)。

副院長 平野 克治 先生

湘南東部総合病院
副院長 平野 克治 先生

図1 茅ヶ崎市内の高齢者施設との連携体制

図1 茅ヶ崎市内の高齢者施設との連携体制

湘南東部総合病院 副院長 平野 克治先生ご提供

ICN(感染制御看護師)による感染対策指導などの診療連携以外の取り組み

診療以外の連携としては、病院と高齢者施設代表者との連絡協議会を4回開催し意見交換を行ったほか、感染制御看護師(ICN)によるクラスター発生施設の実地調査および感染対策指導、COVID-19が5類感染症に移行するにあたっての勉強会を実施しました。ICNの介入前は、施設で陽性者を認めた場合にエリア隔離によるゾーニングを行っていましたが、入居者の中には認知症のある患者さんも多く、レッドゾーンから出て感染が拡大してしまうケースがありました。そこで、ICNがゾーニングの見直しや施設職員の感染対策指導を行い、最終的にはフロアで感染者と非感染者を分けて患者さんの往来を制限し、さらに、職員が個人用防護具(PPE)を着用して感染者をケアするようになりました。また、施設の入り口に入居者および職員のCOVID-19感染状況を掲示し、職員が情報共有できるようにしました。

このような病院と施設との連携では、誰かがリーダーシップをとる必要はありますが、医療者が上から一方的に意見を押し付けてしまうと良好な関係を構築できません。お互いの立場を尊重しながら、患者さんの利益を最大化できる連携体制を模索することが大切です。また、私自身は連絡協議会の開催を通じて、顔の見える関係性が連携の構築に重要になると感じました。

施設入居者が発熱した場合の対応フローの作成

図2は発熱者の確認~経口抗ウイルス薬投与、フォローアップまでのフローです。入居者で発熱を認めたら、常勤医師または配置医師が診察の上、COVID-19が疑われる場合は抗原検査を実施し、陽性の場合に当院へ電話連絡します。当院では、COVID-19患者さんのカルテを作成し、現病歴などを医師・看護師から聞き取った上で診断を行い、適切な経口抗ウイルス薬を処方します。処方薬が経口薬であった場合は、施設の担当者が車で当院の薬局へ向かい、抗ウイルス薬を受け取ります。当院では、経口抗ウイルス薬を服用した患者さんの経過を書き留める用紙を準備しており、処方から2週後に施設職員に持参してもらい、患者さんの転帰を確認しています。

COVID-19と他の疾患との鑑別では、施設における感染状況の把握が重要です。通常、入居者が突然COVID-19陽性になることは稀であり、職員に陽性者が出た後に、入居者が陽性になることが多いためです。また、インフルエンザの流行期は両方の検査を実施して鑑別することもあります。COVID-19を疑って検査しても陰性になる場合は尿路感染症など別の疾患を疑い施設内で個別に治療を行いますが、尿路感染症が重症化した場合など、高度な医療を必要とする場合は当院の救急外来へ連絡があります。

図2 発熱~経口抗ウイルス薬処方、フォローアップまでの対応フロー

湘南東部総合病院 副院長 平野 克治先生ご提供

COVID-19患者に対する抗ウイルス薬の選択と使い分け

抗ウイルス薬にはウイルスの増殖を阻害する作用があるため1)、発症後早期に投与することで患者さん自身の症状が軽快するだけでなく、他の入居者や職員に伝播するウイルス量を減らすことが期待されます。特にオミクロン株は感染力が強く、施設内に1名でも陽性者がいればあっという間に拡大するため、陽性判明後いかに迅速に抗ウイルス薬を投与し、周囲への感染を封じ込めるかが重要になります。当院では、「高齢者施設入居中で内服可能なCOVID-19患者さんには全例ラゲブリオ®を処方する」と決め、抗ウイルス薬による治療の提供を迅速化しています。

施設入居者は全例が65歳以上と重症化リスクが高いため、個々の患者さんで重症化リスク因子を評価しなくても一律に抗ウイルス薬の投与が必要であると判断されます。また、施設入居者の多くは基礎疾患に対する治療薬を服用していますが、ラゲブリオ®の処方時は薬物相互作用の確認や腎機能評価のための採血を必要としません(図3)。なお、ラゲブリオ®は妊婦または妊娠している可能性のある女性には投与できませんが2)、65歳以上の患者さんでは投与が可能です。これらの理由から、リモート診察においても迅速かつ安全に投与できる薬剤として施設入居中で内服可能な患者さんにはラゲブリオ®を処方し、内服ができない状態であれば救急搬送するというスキームに決めました。

当院の入院患者および発熱外来受診患者においても同様に、65歳以上で内服可能なCOVID-19患者さん、また、64歳以下でも重症化リスクが高いと判断した患者や基礎疾患があり常用薬がある患者さんなどを中心にラゲブリオ®を処方しています。発売当初は、すべての処方患者さんに、退院または処方2~3週後に発熱外来を受診していただき、採血やCT検査を実施していましたが、現在はコロナ後遺症が疑われるような症例に絞ってフォローアップをしています。

ラゲブリオ®は発売時にメディアで採り上げられ、多くの患者さんが「コロナ治療薬」の存在を知っていたこともあり、こちらから処方を提案した際に断られることはほとんどありませんでしたが、中には「後日同意書を持参するのが難しい」、「新しい薬で不安だから」などの理由で服用に同意いただけないケースもありました。現在は同意書が不要になり、臨床での使用経験も蓄積されてきたので、処方を断られるケースは減ると予想されます。

図3 当施設におけるラゲブリオ®の特徴

湘南東部総合病院 副院長 平野 克治先生ご提供

COVID-19診療における今後の課題

COVID-19の感染法上の位置づけが5類感染症へ移行したことで、社会での感染対策が緩和され、陽性者や濃厚接触者の外出自粛が求められなくなりました。しかし、コロナウイルスは消失したわけではなく、市中では現在も感染が拡大しており、医療現場の緊張が緩むことはありません。新規の入院患者さんがウイルスを持ち込み、院内で抵抗力の低い患者さんへ感染すれば生命に直面する事態になるため、当院では現在も入院前のスクリーニング検査を継続しています。

また、以前は高齢者施設において陽性者が1名でもいれば保健所の介入があり、さらに、行政からCOVID-19の検査キットが支給されていたため、発熱者が出た場合は、施設の判断でゾーニングし検査が必要とされるすべての人で感染の有無を確認することができました。しかし、現在は施設でクラスターが発生しない限り保健所の介入はなく、さらに、行政検査という形で保健所がオーダーしない限り複数名の検査が実施できません。今後は必要な検査が行えず、陽性者の発見が遅れることが懸念されます。(2023年6月時点。2023年8月時点では検査キットの十分な供給がなされ改善されている。)

このような状況の中、高齢者施設では今後もクラスターが繰り返されると予想されます。COVID-19の重症化を防ぐだけでなく、施設内におけるウイルスの伝播を抑制するためにも、施設の陽性者に対して積極的に抗ウイルス薬を投与することが望ましいと考えられます。当院としても、高齢者施設と密に連携し、速やかに抗ウイルス薬を届けられるような体制を継続していきたいと考えます。

参考資料
1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き 第10.0 版, p38.
2)ラゲブリオ®電子添文

高齢者施設への適切なCOVID-19感染管理介入のpoint

  • 高齢者施設では、COVID-19の重症化リスクの高い高齢者が集団で生活する場所であり、感染が拡大しやすい状況にあるため、集団生活における感染の被害を最小限にとどめることが求められる。
  • ウイルスの増殖を阻害する抗ウイルス薬をCOVID-19発症後早期に投与することで、個々の患者の重症化予防だけでなく、周囲へ伝播するウイルス量の低減に寄与すると期待される。
  • 病院と高齢者施設で連携し、施設からCOVID-19陽性の電話連絡を受け、病院で診断後、院内薬局から迅速に抗ウイルス薬を処方できる体制を構築した。
  • ラゲブリオ®は、薬物相互作用の確認や腎機能評価のための採血を必要としないため、リモートでも迅速に処方可能な選択肢として活用しており、「高齢者施設入居中で内服可能なCOVID-19患者」には原則ラゲブリオ®を処方している。
  • 高齢者施設では今後もクラスターが繰り返されると予想され、適切なゾーニングや感染対策についてICNによる指導を行うことが重要であり、また、抗ウイルス薬を迅速に提供できる連携体制が求められる。