宮城県立がんセンター編:取り組み事例レポート
取り組み事例レポート
宮城県立がんセンター
頭頸部癌に対する多職種チーム医療による免疫チェックポイント阻害剤の有害事象対策
2020年5月 掲載(2020年1月21日取材)

宮城県立がんセンター
セントケア訪問看護ステーション太白山田
- 頭頸部癌におけるICIのirAE対策キーポイント
- 1型糖尿病・内分泌障害のirAE対策キーポイント
- 循環器専門医と腫瘍専門医の連携キーポイント
- 有害事象リスク管理のための医科歯科連携キーポイント
- 「薬剤師外来」におけるirAE早期発見キーポイント
- 看護におけるirAEマネジメント キーポイント
- 在宅療養患者のirAE早期発見キーポイント
※ 当該記事における肩書き・内容等の記載は、取材時点の情報です

頭頸部内科は他科との連携によって成立する診療科
多職種チームによるキャンサーボードで治療方針を決定
東北地方唯一のがんセンターである宮城県立がんセンターに、2016年4月、頭頸部内科が設置された。同院では以前から頭頸部外科を有しており、頭頸部外科と頭頸部内科の両科が設置されている施設としては日本では国立がん研究センター東病院に次いで2番目で、両科が揃っている病院は日本にまだ3施設しかない(2020年1月現在)。
頭頸部内科は単独で成立する診療科ではないと山﨑知子医師は話す。
「当科と頭頸部外科、形成外科、放射線診断科、放射線治療科、歯科、薬剤師、言語聴覚士、理学療法士、管理栄養士などによる多診療科・多職種チームを編成しており、患者さんごとに適切な治療方針をキャンサーボードで決定し、チーム医療を行っています」
朝晩の回診も頭頸部内科、頭頸部外科、形成外科の医師が一緒に行い、情報の共有を行う。また、毎週月曜の朝には医師、看護師、薬剤師、言語聴覚士、理学療法士、管理栄養士など関連するすべての職種が参加する病棟カンファレンスを実施する。さらに、毎週火曜には患者一人ひとりの治療方針を決定するキャンサーボードが開かれる。
一般に、頭頸科では主に頭頸部癌の治療を行う。治療の対象となる原発部位は、口唇・口腔、咽頭、喉頭、副鼻腔、唾液腺、甲状腺である。その他、悪性リンパ腫、軟部組織の肉腫、原発不明がんの頸部リンパ節転移にも対応し、対象はきわめて幅広い。そして、頭頸部領域の悪性腫瘍の薬物療法に関しては、頭頸部外科や耳鼻咽喉科でも薬物療法を実施する施設もある。
同院に頭頸部内科が設置されたきっかけは、国立がん研究センター東病院に在籍していた山﨑医師が、当時の宮城県立がんセンター頭頸科科長の要望で赴任したことだった。
頭頸部内科の設置に際して、山﨑医師は国立がん研究センター東病院での取り組みを宮城県立がんセンターにも構築することを目指した。
頭頸部には発声・嚥下・咀嚼など生命活動にとって重要な機能があり、治療後の機能障害や容貌の変化なども見越した上で治療方針を決定する必要がある。そのため、国立がん研究センター東病院の頭頸部内科では関連する診療科との間で合同カンファレンスを行い、患者の価値観やQOLを重視した上でエビデンスに基づいた最適な治療の提供を行っていた。
山﨑医師はこうしたノウハウを宮城県立がんセンターにも取り入れたいと考えていたが、前例のない取り組みもいくつかあり実現には壁があった。多くの専門家の検討のもと、患者とともに最高の治療を選択するプロセスは「患者と医療者の協働意思決定(SDM:Shared Decision Making)」と呼ばれる。頭頸部内科ではこのアプローチがきわめて重要になるが、そのためには既存の診療科およびメディカルスタッフとの垣根をなくす必要があった。
山﨑医師はこう振り返る。
「自分が取り組みたいと考えていることを丁寧に説明せずに、みんなに押しつけすぎてしまった面があり、うまくいかないこともありました。新しい試みを実行するには時間や労力がかかりますし、当院には独自の歴史があります。また、仕事に対する思いやスタンスは、スタッフによっても異なるので、全員に通常の業務以外の仕事をお願いするわけにはいきません。相手の立場や状況をよく考えず、自分の意見を通そうと、強引に進めてしまったという反省があります。しかし、この病院のマンパワーなど現実的な可能性を検討した上で、『こういうことをしたい』とお願いしたところ、スタッフの理解と協力が得られました」
組織において新たな取り組みを始める場合、スターターの強力なリーダーシップがどうしても必要になる局面はある。現在では山﨑医師の掲げたコンセプトはチームに浸透しており、産みの苦しみは報われた。
頭頸部癌は治療後に機能障害の残ることが多く患者の生活面を支えるために各専門職が協働する
頭頸部癌の薬物療法の選択、とくに化学療法のレジメンに関しては山﨑医師が決定している。ただし、レジメン決定のためには、患者背景なども考慮する必要がある。そこで、カンファレンスで頭頸部外科など関連する診療科の医師や看護師からの情報を得た上で、患者と話してレジメンを決めていくことになる。
前述したように、頭頸部癌では治療後の機能障害や容貌の変化への対策も必要になる。とくに若い女性患者の場合は顔貌変化による心理的苦悩も大きいため、形成外科のサポートが重要になる。また、頭頸部癌独自の治療として喉頭全摘出術、咽頭喉頭食道摘出術などがある。
「そうした患者さんについては手術後の生活のことなども考慮しなければなりません。とくに、高齢者や独居の方にとって声を失うことは社会との断絶を意味します。体調が悪くても電話連絡さえできません。ですから、それぞれの患者さんに対して本当に手術がよいのか、声を少しでも残せるように化学放射線療法を選ぶべきなのかなどを相談しながら治療方針を決定する必要があります。頭頸部内科は治療後の患者さんの生活面を考えることが重要で、この科を立ち上げるときに最も考えたのは患者さんのQOLを保つためにどうサポートできるかということでした」
多職種チームでこうした共通理解を進めることが頭頸部癌の治療には欠かせない。その司令塔となるのが頭頸部内科だ。だが、山﨑医師は次のように述べる。
「いろいろな舵取り役がいていいと思います。たとえば、患者さんの食事については看護師や栄養士が主体的に取り組みますし、QOLを上げるためには言語聴覚士や理学療法士などがリーダーシップを発揮する。舵取り役は何人いてもいいのです。そして、それらの情報を拾い上げて理解し、集約してチーム全体に伝えるのが頭頸部内科の役割だと考えています」
いわば頭頸部内科医は指揮者であり、各パートはそれぞれの楽器のリーダーが統率する。そんなオーケストラのようなイメージだろうか。
irAE対策部会がirAE対応方法を院内に周知
複数の職種の目によるチェック体制が整う
同院には、がん薬物療法などのマネジメントを中心とする支持療法委員会から派生して、免疫チェックポイント阻害剤(ICI:Immune Checkpoint Inhibitor)の免疫関連有害事象(irAE:immune-related Adverse Events)対策に特化したirAE対策部会が設置されている(図1)。主な構成メンバーは、医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー(MSW:Medical Social Worker)などの職種だ。その活動は、院内外へのirAEの対応方法の周知、腎臓内科など同院が有していない診療科のある他施設との連携を行う仕組みづくりなどである。
図1 宮城県立がんセンター irAE対策部会の構成図

「仕組みの例を挙げると、2018年4月に皮膚科が設置されたのですが、それまでは当院には皮膚科はありませんでした。そこで、皮膚障害のirAEが起こったときには開業医の先生に紹介できるような仕組みをつくりました。さらに、それでも対応できない場合は東北大学病院の皮膚科と連携して、病院対病院の交渉という形ですぐに紹介できるシステムを整えました。腎臓内科や神経内科などについては仙台医療センターやJCHO仙台病院と連携しています」
実際のirAEの拾い上げについては、医師の診察前にまず看護師が患者情報を収集し、疑わしいものは担当医に報告され、irAEが想定された場合に検査が始まる。外来では薬剤師が作成した問診票が使われる。薬剤師外来もあり、ICI使用患者は定期的に薬剤師外来を受診することになっており、医師、看護師、薬剤師の3重のチェック体制が整っている。ときには外来のクラークも患者の体調を見て情報を上げるなど、さまざまな職種がirAE早期発見に努める。
「irAE早期発見のために最も大事なのは、体調が悪いときはどんなことでもいいから連絡してもらうことです。当院では24時間体制で患者さんからの緊急連絡に対応しています。とくに重点を置いているのは当直医です。患者さんから連絡があっても、当直医がそれをつなげてくれないとそこで終わってしまいます。しかし、当直医は必ずしもICIやirAEに精通しているわけではありません。そのため、ICI治療中の患者さんについては電子カルテのトップ画面にirAEへの注意喚起を掲載しています」(図2)
こうした院内スタッフとの情報共有や啓発活動もirAE対策部会の重要な役割のひとつになっている。
図2 電子カルテのトップ画面
POINT 患者からの緊急連絡に備え、irAEの注意喚起を電子カルテ上に掲載

提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)
頭頸部癌に対するICIと化学療法の併用において肺癌などの専門医から有害事象管理の実際を学びたい
ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)は単剤療法と化学療法(プラチナ製剤+5-FU)との併用の双方で有効性が認められており、2019年末、再発又は遠隔転移を有する頭頸部癌に対する1次治療として承認された。
「頭頸部癌に対するペムブロリズマブの臨床試験では、疲労や甲状腺機能低下症などの有害事象が報告されました。また、ペムブロリズマブの場合、これから化学療法との併用が進みますから、化学療法の有害事象マネジメントに加えてICIのirAE対策を知っておく必要があり、管理はやや難しくなるかもしれません」
ICIと化学療法の併用はすでに肺癌ではポピュラーになりつつある。山﨑医師は「肺癌など他のがん種で併用を行っている医師がどのような管理をしていて、どのように困った経験があるかなどを勉強会で教えてもらいたい」と述べる。
「いちばん重要なのは、効果があって患者さんが体調に問題なく過ごせることです。患者さんの身体的負担をできるだけ軽減してICI治療を継続するために、これまで以上にirAEに対する支持療法が重要になるでしょう」
ICIと化学療法の併用においては有害事象の現われ方や判断も複雑になる可能性があり、次のような場面も想定されると言う。
「化学療法の有害事象だと見えたものが実はirAEだったというケースも増えるのではないかと思います。また、疲労やだるさなどはirAEの甲状腺機能低下症の症状のひとつですが、化学療法の有害事象でもあります。患者さんからの情報を早急に拾い上げ、それがICIと化学療法のどちらによる症状なのかを判断するスキルが私たちに求められます」

頭頸部癌診療連携プログラムに基づき地域の腫瘍内科と頭頸科が協働できる仕組みづくりを
“がんセンター”という性格上、患者に発現したirAEを専門とする診療科が同院に存在しないこともあるため、院外との連携も重要になってくる。同院では、これまで皮膚障害や甲状腺機能障害、副腎機能障害、腎機能障害などのirAEが疑われた患者を他施設と連携して診るケースを体験している。「疑わしい場合はすぐに紹介する」というシステムが整っており、対応に困ったことはとくにないという。
連携先の医師の間でも「irAEについて勉強する必要がある」との認識が高まってきており、山﨑医師は「地域の医師会や薬剤師会などとICIやirAEについての勉強会など、顔が見える連携を行っていきたい」と話す。
最近は、宮城県立がんセンター主催の市民公開講座でICIの講演を行っている。また、宮城県立がんセンターのある名取市では「なとらじ」というラジオ放送局があり、「宮城県立がんセンターがん情報ラジオ」を月1回発信しており、そこでもirAEの話題を取り上げた。
頭頸部癌の治療においては口腔管理もきわめて大切になる。頭頸部内科では、センター内に設立された歯科とともに、東北地方のみならず、日本全体の医科歯科連携を目指して地域歯科医師会との連携を進めている。
「地域の歯科医師との口腔管理の勉強会も行っており、今後はICIとirAEの話題も取り上げていきたい」
対外的な活動として、山﨑医師は「頭頸部癌診療連携プログラム」(日本頭頸部外科学会、日本口腔外科学会、日本臨床腫瘍学会)で日本臨床腫瘍学会におけるエリアリーダーを務めている。これは、頭頸部癌患者に対するICIなどのがん薬物療法の適正使用とチーム医療体制の構築を推進するプログラムだ。とくに重視するのは、頭頸部外科や耳鼻咽喉科などの紹介元医師・歯科医師と連携協力医師(連携基幹病院に所属するがん薬物療法専門医)との診療連携である。
山﨑医師は日本全体における頭頸部癌治療の課題について、次のように述べた。
「問題は頭頸部癌の薬物療法に特化した腫瘍内科医の数が少ないことです。耳鼻咽喉科医や口腔外科医が薬物療法を行っているケースもあります。頭頸部外科や耳鼻咽喉科と腫瘍内科がうまく連携し、別の病院であっても薬物療法をサポートできるような仕組みをつくることが必要です」

内分泌疾患のirAEでは1型糖尿病と内分泌障害に注意が必要
近年、高齢化が進み糖尿病患者が増えるなか、糖尿病患者ががんを発症するケースも少なくない。宮城県立がんセンターでは、がんの合併症として糖尿病に罹患している患者の術前・術後や化学療法中の血糖コントロールを行うために「糖尿病・代謝内科」を設置しており、東北大学病院の菅原明医師が診察を行っている。
菅原医師は2009~2011年の間、東北大学から派遣され宮城県立がんセンターの診療科長・医療部長として常勤していた。現在は週1回の診察を担当している。
ICI治療における内分泌系のirAEへの対応も糖尿病・代謝内科の大きな役割である。診療日以外でもirAE対応のためのメールや電話での相談も受け付けており、連絡があると、菅原医師は電子カルテをチェックし、対応を指示する。
菅原医師の専門は幅広い。東北大学病院の腎・高血圧・内分泌科の出身で、糖尿病、内分泌、甲状腺、腎臓それぞれの専門医であり、ICIのirAEに幅広く精通している。
糖尿病・内分泌関連で気をつけるべきirAEについて、菅原医師は次のように言う。
「まず注意すべきは1型糖尿病です。稀に劇症1型糖尿病になることもありますから。内分泌障害では下垂体機能障害への注意が必要であり、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌低下を認めることが少なくありません。また、甲状腺が障害を受けることで甲状腺機能障害を発症する場合もあります」
ICI治療中は膵外分泌酵素や内分泌機能検査を行い、irAEが疑われる症例では、速やかにコンサルトが重要
菅原医師はかつてICIのirAEとしての1型糖尿病の症例報告を行った。呼吸器内科から紹介された、高血糖症状のある典型的な1型糖尿病だった。アミラーゼなどは定期的にチェックしていたが、あるとき血糖値が急激に高くなり、意識障害が起こってケトアシドーシスによる症状を呈した。
菅原医師は、ICIによるirAEとしての1型糖尿病に特有の病態について次のように指摘する。
「日本人でのirAEによる1型糖尿病はGAD抗体が陰性で、かつアミラーゼが高値になることが少なくありません。つまり、内分泌障害に加え、膵外分泌障害が多少絡んでくるような印象があります」
ICI治療による1型糖尿病の発症頻度は1%未満であるが、不可逆的な膵β細胞機能廃絶が起こり、また急激に血糖が上昇するので警戒が必要だ1)。
「急に喉が乾いて、意識がもうろうとするといった症状があれば、患者さんには次の受診日を待たないですぐに来院するよう伝えるべきです」
菅原医師は「軽症・中等症の段階で1型糖尿病と診断して適切な支持療法を行うことが重要」と強調する。
「1型糖尿病や内分泌障害の早期発見のための検査では、血糖値だけではなく、アミラーゼなどのチェックも必要ですし、ACTHや、TSH、T3、T4など甲状腺ホルモンの測定も欠かせません」
同院では、ICI治療例では定期的に血糖値はもちろん、TSH、FT3(遊離T3)、FT4(遊離T4)、血清コルチゾールなどを測定しており、グレード2以上の例では糖尿病・代謝内科にコンサルトすることが定められている(図3)。
「現在では各科でirAEの情報共有はできており、定期的な血液検査などで何か疑わしいことがあれば速やかに連絡をいただく体制が整っています」
図3 irAE対策検査セット
POINT irAE早期発見のための検査セットを作成し、院内で活用

検査にあたっては、保険適応を確認の上適切に実施してください。
提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)
糖尿病合併例ではCペプチド測定によりインスリンの分泌状態をチェック
ICI治療を行っているがん患者のなかには、基礎疾患として糖尿病を合併している例もある。そうしたケースに対して注意すべき点は何なのだろうか。
「まず、抗がん剤で血糖が上がる場合もあります。また、irAEへの支持療法として使われる副腎皮質ホルモンには、血糖を上昇させる作用があり、高血糖を来して糖尿病を悪化させる可能性があるので注意が必要です。ステロイド糖尿病の病態にはインスリン抵抗性がありますので、そういう場合にインスリン治療を行うこともあります」
同院では、糖尿病のある患者ががんを発症してICI治療を行うケースはまだ少ない。そうした例でも一般的な糖尿病の治療は継続することになる。ただ、アミラーゼが上昇してきた場合などは要注意だという。
「内因性のインスリン分泌能を評価する検査として重要なのはCペプチドです。もちろん直接インスリンを測定してもいいのですが、Cペプチドを調べればどのくらいインスリンが分泌されたかがわかるので、Cペプチドは頻繁に測定しています。ICIが原因かどうかはともかく、Cペプチドがどんどん落ちてくるような場合には早めにインスリン治療に切り替えます。尿中Cペプチドがベターですが、畜尿が必要なので、簡便な空腹時血中Cペプチドを主に測定しています」
内分泌関連の有害事象を鑑別するポイント
地域における啓発活動や連携体制構築も視野に
ICIの内分泌関連irAEのひとつに甲状腺機能障害があるが、その診断が難しい例があるという。
「もともと橋本病がベースにある人が無痛性甲状腺炎を起こし、甲状腺が障害されて一過性にホルモンが上がってくるケースがあります。しかし、その後ホルモンは低下していきます。その場合、バセドウ病と勘違いしてその治療薬を投与すると、甲状腺機能が大幅に低下してしまう危険があります。紛らわしいとのコンサルトがあった場合は鑑別診断のために抗TSH受容体抗体などを調べます。抗TSH受容体抗体が上がっていなくてただホルモンだけが上昇している場合は、もともと基礎疾患として橋本病があって、一時的にホルモンが上昇している可能性があります。一般的にも、バセドウ病か無痛性甲状腺炎かの鑑別は内分泌的に難しい面があります。機会があればそのへんの情報もみなさんにお伝えできればと考えています」
同じように紛らわしいケースが、支持療法で副腎皮質ホルモンを使っていてACTHが下がるような場合だという。「副腎皮質ホルモンを使っているだけでACTHは下がりますが、その場合にirAEで副腎機能が落ちているのか、副腎皮質ホルモンを投与したことで血液検査上の値が変動したのかの区別がつかないことも少なくありません。もちろん、危ないときは副腎皮質ホルモンを使うべきですが、その影響が内分泌系に及ぶ場合もあるという情報共有は必要だと思います」
甲状腺炎の場合、脈が速くなり、指が震えてきて、大量に汗をかき、体重が減ってくるといった典型的な症状がある。したがって、患者自身も異常に気づきやすい。だが、下垂体機能低下症で生じる倦怠感や痩せ、食欲不振などの症状は、がんそのものでも起きるので紛らわしいことがある。菅原医師は今後、内分泌関連のirAE早期発見のための勉強会やツール作成の必要性にも言及。さらに、地域における啓発活動や大学病院との連携体制の構築も視野に置く。
菅原医師は現在、日本内分泌学会東北支部支部長も務めており、日本内分泌学会とのつながりは深い。
菅原医師はそうした自らの立場と経験を地域のirAE対策にも反映したいと考えており、「学会との情報共有や連携は重要であり、今後は、ICIのirAEに関して内分泌学会などの専門学会から地域の各病院の専門医への情報伝達も考えていきたい」と語る。
なお、日本内分泌学会では、日本糖尿病学会協力のもと、ICIによる内分泌障害の診療ガイドラインを発表している。
1 ) 日本内分泌学会 編著. 日本内分泌学会雑誌 2018; 94(suppl. 1): 1-11

「腫瘍循環器」は、がん患者の高齢化による循環器疾患合併や抗がん剤の心血管合併症に対応
従来は対極にあった「がん」と「循環器疾患」を診る専門医の連携が進んでおり、「腫瘍循環器学」(Onco-Cardiology)という新たな学際領域が注目されている。宮城県立がんセンターでも腫瘍循環器をいち早く導入し、腫瘍専門医と循環器専門医ががん薬物療法などにおいて協働している。
腫瘍循環器がクローズアップされている理由について、加藤浩医師はこう指摘する。
「生活習慣の欧米化とともに急激な高齢化が進み、循環器疾患を合併するがん患者が増加したこと、アントラサイクリン系の抗がん剤に加え分子標的薬やICIなどの新しいがん治療薬でも心血管系有害事象が起こること、がん関連血栓症に対する認識が高まったこと、さらに、がんサバイバー数が増加したことで、がん治療による晩期心毒性も新たに判明してきたこと等が挙げられます」
偶然にも、加藤医師が同院へ赴任した2016年に仙台で開催された日本循環器学会学術集会で、腫瘍循環器のセッションが企画された。それが一つの契機となり腫瘍循環器が注目され、翌2017年に日本腫瘍循環器学会が発足した。
がん患者の死因で最も多いのはもちろん原疾患であるがんによる死亡だが、それに次ぐのが感染症や血栓症だ。血栓症や抗がん剤による心血管合併症への対応が循環器科医の主要な役割となる。さらに、心血管疾患の既往と心血管リスク因子が、がん治療と組み合わされることによって治療中・治療後の心血管予備能を損ない、その結果として心血管合併症を起こす頻度が高くなることも報告されている。こうした点で、がん薬物療法における循環器科の介入というのはきわめて重要になってくる。
生理検査室スタッフとの連携によりがん患者の心エコー実施例では動画を全例チェック
同院における循環器科の役割としては、がんの治療をスムーズに受けられるようにサポートすることが主な仕事になるが、具体的には、手術前や化学療法前後の心臓機能評価、不整脈や狭心症など突然発症する心臓病への対応、がん治療関連心機能障害(CTRCD:cancer therapeutics-related cardiac dysfunction)、がん関連血栓症(CAT:cancer associated thrombosis)への対応などを行っている。心血管合併症の疑いがある場合は循環器内科へのコンサルトが行われるが、がんセンターということもあり、他科の医師も抗がん剤の特性や有害事象の知識は豊富であり、定期的に採血や心エコーのオーダーが入る。
「心エコーに関しては、電子カルテと連動した動画保存ができるので、当院でエコーを受けてもらった患者さんの画像は全例チェックしています。まだ、指針は作成できていませんが、左室駆出率(LVEF)が10%以上低下しているなどの所見があれば循環器内科が併診でフォローしていきます。LVEF低下の前に拡張障害が出てくることもわかっているので、主治医が気づかないレベルでも拾い上げることができます。また、心エコーの動画で異常が見られた場合は、次の採血の際に心筋トロポニンや脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP:brain natriuretic peptide)などのバイオマーカーを追加でオーダーさせてもらうという対応をしています」
同院で循環器科医は加藤医師1人であり、マンパワーにも限界がある。そこで大きな戦力になっているのが生理検査室のスタッフだ。
「生理検査室の技師さんたちは非常に優秀です。私が赴任する前に常勤循環器科医が1年間不在の時期がありました。その間、検査技師さんが主治医などからの相談に乗っていたこともあって、技師さんの能力がレベルアップしていた上に、協働して検査を行うようになってさらに磨きがかかりました。そのような経緯もあり、重要な異常値や異常所見があった場合には、技師さんから主治医に直接連絡が行くとともに、私の方にも連絡してもらえるようになっています」
心エコーの動画は電子カルテが閲覧できる環境にあれば院内どこでもチェックできる。もちろん生理検査室にもあるので、加藤医師は毎日1回は生理検査室に足を運び、情報共有を心がけているという。他に、生理検査室スタッフとの連携のひとつとして月1回、東北大学のエコー専門医を招いて「問題症例の検討会」を行っている。また、同院で治療できず他院に紹介した循環器疾患患者については、その後の転帰、精密検査などを検査室にフィードバックする。自分たちがエコー所見をつけた患者の経時的な変化を追えることで、スタッフの探究心や労働意欲が明らかに上がるという。

心エコーと電子カルテの連動画面をチェック
BNP、心筋トロポニン、心電図検査などによりICIのirAEとしての心筋炎を検出
ICI治療による心血管系irAEとして注意すべきものは心筋炎である。いったん発症すると重篤化し、致死率も高い。
「初回投与から発症までは平均30日です。報告では、だいたい2~3週間から2ヵ月の間です。論文によっては6週間ぐらいまでは毎週、心電図と血液検査を行うよう推奨しているものもありますが、まだ決まった指針は作成されていないと思います」
irAEの早期発見についてはICIを使用する科の医師にある程度任せているのが現状だが、疑わしい例にはBNPやCPK(クレアチニンキナーゼ)、心筋トロポニン、心電図検査が参考になる。
「心筋炎における心電図異常は様々であるが、脚ブロックのような軽微な異常から急速に劇症化し、重篤な心筋炎に移行することもあるので注意が必要です。心筋炎の前兆として感冒様症状がありますが、肺癌患者さんではもともと倦怠感や咳などの症状がありますから、そこから拾い上げるのは難しいでしょう。これまでにないような胸部症状が出てきたら心電図を記録してもらい、変化が出た場合には心エコーを施行することで対応しています」
がん患者において心血管障害を来しやすいさまざまなリスク因子が報告されている。たとえばアントラサイクリン系抗がん剤投与歴、喫煙、高血圧、糖尿病などがあれば心不全などを起こしやすいとされる。だが、ICIについてはまだそうしたデータは報告されていない。
「基礎疾患として心血管障害がある場合は、ICIで心血管合併症が起こる可能性は高いと考えられるので、注意して診ていく必要があると思います。また、ICIと化学療法の併用によってリスクが上がることも推測されますが、まだ情報が不足しているので確実なことは言えません」
がん患者においてはDVTなど血栓塞栓症のリスクも考慮すべき
がん患者では深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)が多いことはよく知られる。循環器内科不在の病院の場合、肺塞栓や近位DVT症例は転院することになるので経過を追跡することができない。だが、同院では、血栓症を起こした患者にはヘパリンの点滴や直接経口抗凝固薬(DOAC:direct oral anticoagulant)の投与で対応している。「血栓が見つかった場合、どこまで対応すべきか? 腫瘍専門医にはなかなか判断がつきません。しかし、腫瘍専門医と循環器専門医が協働すれば適切な判断を下すことができます。たとえば、DVTのある術前のがん患者さんの場合、肺塞栓のリスクが高くなりますし、がんで外科手術を行う時点で全例がハイリスクということになります。最近では、院内スタッフの間で診療科や職種を超えて血栓症に対する意識は高まっています。たとえば、卵巣癌や子宮癌には下肢静脈血栓症が合併しやすいことが知られますが、当院の婦人科医はヘパリンの使い方もマスターしています」
同院の医局は1つの大部屋のようになっており、風通しがよく、カンファレンスや勉強会などの場だけでなく、普段からスタッフ同士の情報交換がしやすい環境にある。腫瘍専門医と循環器専門医の連携で病院全体がレベルアップしていく。これも腫瘍循環器導入の意義の一つだ。
加藤医師は循環器を専門としない医療関係者への教育活動の一環として、電子カルテ上で「循環器内科医のつぶやき」というページを展開している。日本循環器学会のガイドラインや加藤医師自身の経験をわかりやすくまとめた循環器診療の“虎の巻”のようなものだという。これも同院で腫瘍循環器のコンセプトを定着させるツールとして一役買っている。

頭頸部癌における術前や化学・放射線療法の患者には歯科が全例に対して口腔衛生管理(口腔ケア)や有害事象のリスク管理を行う
最近、日本においてもがん患者に対する口腔衛生管理(口腔ケア)の重要性が認識され始めた。がん治療、とくに薬物療法施行中には口のなかにもさまざまな有害事象が現れる。口腔の有害事象は痛みや細菌感染を引き起こしたり、患者の食事や会話を妨げてがん治療の障害になる。したがって、治療前から歯科・口腔外科で口腔内検査や必要な治療を行い、合併症を予防することが重要になる。とくに頭頸部癌の薬物療法では口腔内有害事象は高い頻度で起こる。その点で歯科・口腔外科医のサポートは必須だ。
宮城県立がんセンターではこうした考え方のもと医科歯科連携を進めている。臼渕公敏歯科医師はその役割について次のように説明する。
「頭頸部癌における歯科・口腔外科の役割は、口腔に関連する有害事象のリスク管理と口腔内の苦痛・不快症状の緩和、経口摂取・会話といった口腔機能の維持・改善を通じて、治療の安全性や質を担保し、治療の円滑な進行・完遂をサポートすることです。当院では、頭頸部癌の患者さんについては手術前や化学療法、放射線療法を行う場合は歯科が全例に対応しています。また、治療終了後も歯科医師会や開業医の先生と適宜連携し、シームレスに口腔管理ができるよう取り組んでいます」
2018年に日本歯科医師会が15~79歳の男女1万人を対象に電話アンケートによる「歯科医療に関する一般生活者意識調査」を行った。その結果、「自身の歯や口の中の状態が健康だと思わない」と考えている人が57.2%に上った。当然、がん患者においても口腔内の健康状態は悪く、頭頸部癌患者でも口腔のセルフケアができていないケースが多い。そのため、多くの患者で口腔内有害事象が発生することになり、治療の早い段階で口腔管理に対応していく必要がある。
ICI治療による口腔粘膜炎の頻度は全グレードで2~4%、グレード3以上は1%未満
ICI(抗PD-1/PD-L1抗体)による治療で比較的多く見られる口腔内有害事象は口腔乾燥症、味覚障害、扁平苔癬様反応(口腔粘膜炎)の3つだ。発現頻度は、口腔乾燥症3~6.5%(そのうちグレード3以上は0.9%)、味覚異常1.8~3.6%(そのうちグレード3以上は0%)、扁平苔癬様反応(口腔粘膜炎)2~4%(そのうちグレード3以上は1%未満)と報告されている2)。
「扁平苔癬様反応の病変は、白斑状の丘疹がところどころに密集したり、網状または線状の白色の口腔粘膜変化として現れることがあります。ときに痛みや紅斑、潰瘍形成を伴うこともあります。症状は、舌の側面や舌背部、唇、歯肉、硬口蓋、頬粘膜などに現われます。病理学的には粘膜組織下に組織球の浸潤が認められます。疼痛がない場合は副腎皮質ホルモン軟膏の塗布または副腎皮質ホルモン剤の投与を行い、経過を観察します」
また、化学療法や頭頸部への放射線療法では骨髄抑制により、う蝕・歯周病など歯性感染症の急性増悪、疼痛・腫脹がしばしば起こる。
「がんと診断された段階で歯科へ紹介され、化学療法などの治療による全身の変化に起因した歯性感染症の悪化の可能性について患者さんに情報提供します。そして、がん治療の日程が許すかぎり、う蝕の治療や専門的口腔衛生処置、セルフケア指導を行います。治療開始後は、定期的に歯科でフォローアップします。なお、がん治療中は口腔粘膜炎以外にもさまざまな口腔内の変化やトラブルが起こります。それぞれ対応が大きく異なるので、薬剤による粘膜毒性であるかどうかを正確に鑑別する必要があります。安易に副腎皮質ホルモン軟膏を投与すると、口腔内の細菌感染症を悪化させる可能性もあるので注意しなければなりません」
ときには、口腔トラブルでICIなどが休薬になるケースもある。「しかし、患者はがんの治療で口腔内に有害事象が起こるということをなかなか想像できないため、初期症状を自覚しにくいことがしばしばあります」と臼渕歯科医師。「急激に口腔トラブルが起こってきて、患者さん本人は想定していなかったので戸惑ったり、想像以上のつらさを感じたりします。そこをフォローするのはなかなか難しいところです。治療開始前に口腔トラブルが起こる可能性があるということはもちろん説明しますが、患者さんは『いまは痛くないから大丈夫』と楽観視しがちです。実際に有害事象が出てから『こんなにひどくなるとは思いませんでした』と初めて気づくケースがほとんどです」と言う。
口腔ケアの主目的は口腔内の感染コントロールであり口腔粘膜炎の発症・重症化の予防が重要
2020年2月、日本がんサポーティブケア学会粘膜炎部会と日本がん口腔支持療法学会共同による『がん治療に伴う粘膜障害マネジメントの手引き2020年版』が上梓された。がん治療を行う場合は投与開始前に歯科へ紹介され、口腔清掃とセルフケア指導を行う。そして、定期的に歯科を受診してもらい、口腔粘膜炎の早期発見に努めるとともに、発症後は創部の疼痛緩和のため口腔粘膜保護剤の処方などを行うことがある。
「口腔粘膜炎を発症すると、疼痛や出血によって通常通りの口腔ケア(セルフケアを含む)を行うことが難しくなります。そのため口腔細菌が増える傾向にあると考えられ、これによって粘膜に形成された潰瘍からの二次感染を引き起こし、ひいては全身的な感染症のリスクを上げてしまいます。また、口腔粘膜炎から口腔底蜂窩織炎を起こすこともあります。そこで、口腔内の状態に合わせた適切な口腔ケア用品を選択し、セルフケアの方法を指導することが重要になります」
口腔ケアの主な目的は口腔内の感染コントロールである。口腔内の常在細菌叢をコントロールすることによって口腔粘膜からの感染を予防し、口腔粘膜炎の発症・重症化の予防と治癒促進を目指す。また、口腔粘膜の保湿を図ることによって、口腔粘膜のバリア機能を保持し、粘膜への機械的な刺激を減らして疼痛を軽減させる。
口腔ケアは、患者自身のブラッシングによる物理的な汚染物の清掃除去がその中心になる。歯ブラシはヘッドの小さなもので、毛の材質は動物毛などではなくナイロン毛を選択する。毛の硬さは「ふつう」を選択し、出血傾向や疼痛、強い骨髄抑制がある場合は「軟毛」または「超軟毛」にする。
ブラッシングの方法は、ペンを持つように歯ブラシを持ち、毛先を歯面と歯肉の境目に当てて、軽い力で小刻みに動かす(バス法)。歯磨き剤はフッ化物が添加された低刺激性のものが推奨される。スポンジブラシは歯ブラシの代用としては適切ではないという。
含嗽については、口腔衛生の保持と保湿を目的に1日4回以上、水または生理食塩水でうがいをする。アルコール含有のものは避ける。
口腔内が乾燥すると、口腔の自浄作用の低下と粘膜の摩擦抵抗の増加が起こり、粘膜が傷つきやすくなる。そこで、口腔内を保湿することが大切になる。保湿剤は市販のスプレータイプやジェルタイプなど、患者の生活スタイルに応じて継続可能なものを選ぶ。
同院では、山﨑医師をはじめ宮城県がん診療連携協議会・口腔ケア部会で作成した「化学療法・全身麻酔による手術・頭頸部の化学放射線療法を受けられる患者さまへ 歯科受診の勧め」を使い、患者への情報提供・啓発を行う(図4)。また、施設全体の口腔ケアへの意識向上を目指し、歯科衛生士による看護師向けの口腔ケア勉強会を行っている。
臼渕歯科医師は「ICIをはじめとするがん薬物療法を行うにあたっては医科歯科連携がきわめて重要」と強調する。がん治療では治療効果に加えてより安全であること、苦痛をできるだけ緩和し治療中から治療後も含め可能な限り患者のQOLを良好に維持することが求められる。そのため、口腔衛生管理は重要であり、様々な職種の医療者が密接に連携して診療にあたるチーム医療が必要だ。
「歯科医師会などが中心になって口腔ケアの勉強会を積極的に行っていく必要があると考えています」
なお、日本がんサポーティブケア学会粘膜炎部会と日本がん口腔支持療法学会共同による『がん治療に伴う粘膜障害マネジメントの手引き2020年版』が作成されているのでそちらも参考にしたい。
2) Vigarios E, et al. Support Care Cancer 2017; 25(5): 1713–1739
図4 歯科受診の勧め
POINT 化学療法前の患者さんに冊子を用いて、口腔ケアの重要性、方法を啓発

提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)

薬剤師が外来で医師の診察前に面談し患者の症状を聞き取ってirAEの早期発見に努める
宮城県立がんセンターには「薬剤師外来」がある。薬剤師が外来のがん患者に対する服薬指導や有害事象の確認を行う。
外来における薬剤師の仕事の流れは大きく2つに分かれる。まず、新規の薬物療法が始まる際に、医師の診察の後に薬剤師が治療方針を確認し、治療についての説明を行うこと。そして、ICI治療や化学療法が始まって外来で治療を受ける際、医師の診察の前に薬剤師が面談を行い、有害事象が疑われる症状などがないかを患者から聞き取ることである。
この薬剤師外来における業務は現在、土屋雅美薬剤師が中心になって行っている。土屋薬剤師は、がん専門薬剤師の資格を持つ。がん専門薬剤師、がん薬物療法認定薬剤師、外来がん治療認定薬剤師いずれかの有資格者を置くことが、がん患者指導管理料 ハの算定要件になっている。
頭頸部癌に対するICI治療を行う患者に対して、薬剤師の立場でどうアプローチするのだろうか? 土屋薬剤師は次のように説明する。
「頭頸部癌の場合、患者さんはすでに化学療法を受けており、ICIが最初の薬物治療になることは、今のところほとんどありません。したがって、患者さんは化学療法についてある程度知識をお持ちです。そこで、ICIは前の抗がん剤とはどこが違うのかを中心にお話しします。その際、まず前の治療についてどう感じていたか、受けてきた治療についてご本人がどう認識しているか、どういう有害事象を経験して、何がいちばんつらかったかなどを確認します。有害事象に関しても、細胞傷害性抗がん剤や分子標的治療薬とICIの相違点にフォーカスしてお話しします」
多彩な有害事象による患者の混乱を避けるため「すべてのirAEを恐れる必要はない」と伝える
ICI治療について医師の説明を受けて、患者が最も心配することや疑問に思うことはirAEのことだという。いままでにないタイプの有害事象が出る可能性があることに加え、致死的な有害事象にもなりうるということを医師は必ず説明する必要がある。そのため、患者は必要以上に有害事象を恐れる場合もある。そうした患者に対して、土屋薬剤師は次のように対応するという。
「薬剤師外来に来る患者さんの中には、医師の説明を受けて『ものすごく怖い副作用があるらしい。どうしよう』と不安を感じている方もいらっしゃいます。しかし、患者さんにはすべての有害事象を全力で恐れる必要はないと強調してお話しします。大事なのは、普段の自分の体の症状を知っておき、そこから何か症状の変化があったときに、それに敏感に対応できるかどうかです。ICIで起こりうるirAEは多彩なので、すべてをお話しする時間はありませんし、情報過多になると患者さんの治療意欲を損ねてしまいます。頭頸部癌でICIと化学療法の併用が行われるようになると、有害事象はさらに複雑になるでしょう。ですから基本的に、患者さんとご家族と一緒に現在の症状を確認し、そこから何か変化があったら教えてくださいと伝えるようにしています」
過度に有害事象を恐れる患者に対しては、次のように対応することもあるという。
「重篤化しやすい1型糖尿病にしても頻度は1%未満です。ですから、患者さんには『誰にでも出るような副作用ではないのであまり心配しなくても大丈夫です。ただし、万が一、有害事象が出ると大変なので、何か少しでもおかしいなと思ったら必ず教えてください』とお話しします」
irAE対策部会のメンバーとしてirAE早期発見・対応のツールづくりを担当
土屋薬剤師はirAE対策部会のメンバーとして精力的に活動している。薬剤師は2人がirAE対策部会に参加する。
土屋薬剤師は部会を立ち上げるにあたっての初期メンバーを集めるところからかかわってきた。チームが組まれてからは標準化のためのツールづくりを担当するようになった。現在irAE早期発見のために同院で使われている問診票(図5)や治療開始前・治療中に共通で使う検査セット、症状やグレードによって各診療科にコンサルトする目安を医師、看護師と協同で作成した。
「ICIは呼吸器内科が先行して使っていたので、呼吸器の先生にどういう検査項目が必要か、あるいは、たとえば間質性肺疾患を拾い上げるためにはどの検査を行えばいいかなどを指導してもらって草案をつくり、そのあとに医事課で検査項目や検査頻度などについて保険診療上問題がないかを確認して最終的なものを作成しました。検査セットは電子カルテ上ですぐに展開できるものと、紙に印刷したものの2タイプを用意しています」
図5 がん免疫療法 治療中の方への問診票
POINT ひと目でわかる、臓器別症状の問診票を活用

提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)
外来化学療法室に出向いて患者と対面してirAEを拾い上げる
土屋薬剤師は薬剤師外来での有害事象モニタリングだけでなく、外来化学療法室に出向いて点滴を受けている患者と対面してirAEを拾い上げるように心がけているという。医師、看護師、薬剤師それぞれがチェックすることになる。
「irAEを拾い上げるという意味では医師も看護師も薬剤師も、おそらく見るところは実際には変わらないという気がします。ただ、複数の目を通すことによって、どこかで漏れていたものが拾い上げられればいいと思います。たとえば、“だるい”という訴えがあったとき、『だるいのか』で済まさないで、どのくらいだるいのか、出かけられないほどだるいのか、お風呂やご飯も面倒なほどだるいのかなど、そこまで突っ込んで聞いたときに『あ、これはおかしい』と気づくことができます。irAE早期発見のためには多くの職種が関わることが大事ですし、患者さんも『いろいろな人に聞かれるのは大事なことだからだろう』ということがわかってくると思います」
外来化学療法室の患者のもとへ行く際には、前回その患者と面談したときの記録を必ず持参する。「自分の参考にもなりますし、前回の訴えが今回どうなっているかをチェックする必要があるからです」と土屋薬剤師。「患者さんに『自分のことをしっかり把握してくれているんだな』と思ってもらえるという副次的な効果もあります」と言う。
頭頸部癌は併存疾患が多いため薬物療法をトータルで診ることが薬剤師の役割
有害事象モニタリングに関連する薬剤部独自の取り組みとして、医薬品リスク管理計画(RMP:risk management plan)を利用した副作用集積システムがある(図6)。
これは、医薬品リスク管理計画をもとに、どういった有害事象をモニターしていけばよいかを電子カルテ上でチェックするテンプレートのようなものだ。患者から聞き取った症状の有無や重症度を入力することで記録として残る。それを統合してデータベース化している。
「医薬品リスク管理計画のなかの項目をもとにテンプレートのチェック項目をつくり、どの有害事象に潜在的なリスクがあるかなどを項目立てして調べます。記録したものは電子カルテのデータベースシステムにも入ってくるので、それを集めれば臨床試験やカルテ調査、研究などに活用することができます」
薬剤師の重要な役割の一つに、対患者だけでなく、院内の医療スタッフへの情報提供がある。ICI導入の際には、土屋薬剤師はどういうirAEが出るかなどについての院内講義を行った。また、患者の訴えについて看護師から相談があったときに、薬剤由来かどうかを一緒に考えることもよくある。「とくに、頭頸部癌は併存疾患が多く、使用薬剤が多くなりがちです。そこで、薬物相互作用についての情報提供やマネジメント、さらに支持療法としての副腎皮質ホルモン治療の管理と精神神経症状や消化器症状などの有害事象のチェックも薬剤師の役割です。副腎皮質ホルモンを怖がる患者さんも少なくありませんが、飲むことの必要性や、リバウンドを起こさないよう漸減することの重要性をお話しします。また、頭頸部癌では嚥下機能が落ちている方や胃瘻の方も多いので、投与経路に適した剤形の工夫も考える必要があります。ICI治療や化学療法を行っている患者さんに対しても、必ずしも有害事象だけに注目するのではなく、薬物療法をトータルでみることが薬剤師には求められます」
図6 RMPを使った副作用集積システムのサンプル画面
POINT 副作用症状の有無や重症度を患者から聞き取りデータベース化

提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)

気になる患者については多職種による合同カンファレンスで情報共有
irAEに対して早期に対応するためにお昼の時間を活用して情報共有を行う
ICIのirAEは多岐にわたる。irAEを早期に発見し対応するために、看護師はどのような工夫をしているのだろうか。門馬看護師はこう話す。
「irAEは症状が複雑で、患者さんがパンフレットを見返したときに混乱することもあります。通院治療ではirAEの症状を見逃さない、やり過ごさないセルフモニタリングが大事です。ですから、患者さんには緊急連絡先をお伝えし、今までと違った症状や、困りごとがあったらすぐに知らせてほしい旨を説明します。当院では、医師、看護師が当直し緊急連絡を受け付け、状況に応じて主治医に連絡をとります。受診が必要か否か迷ったときでも電話連絡をしていただけたら、医師や看護師が受診の判断をするので、少しでもおかしいと思ったら遠慮なく電話で相談してほしいとお伝えしています」
病棟では、irAEを早期に拾い上げて対応するために看護師同士のカンファレンスを頻繁に行い、記録にきちんと残して情報を共有することを心がけている。稲村看護師によると、次のような工夫があるという。
「毎日お昼の時間に30分ほどミニカンファを行って情報交換しています。当院の看護方式はグループ制プライマリナーシングを導入しており、各看護師に受け持ちの患者さんがそれぞれ何名かいますが、1人の患者さんをグループでケアします。各看護師に受け持ちの患者さんがそれぞれ何名かいますが、チームでの対応になるので情報共有がより重要になります。その日の午前中や前日から気になっている患者さんの状態について、お昼の時間帯に情報交換したり相談することで、irAEに早く気づくことができ、即座に対応できます。これが夕方になると、対応が翌日になってしまうこともあります。このミニカンファが、午前中に患者さんと接するなかで気づいた変化への素早い対応を可能にしています」
irAE早期発見のために重要なのは看護師の観察能力による気づき
病棟では看護師が患者の異変に気づくことのできるチャンスは多く、看護の“目”が大いに発揮されることになる。
「患者さん自身はさほど気にしていなくても、周囲から見ると変化に気づくことができる場合も少なくありません。それをキャッチすることができるのは、やはりいちばん近くでかかわっている看護師ではないかと思っています」と稲村看護師。
では、看護師は患者の変化をどのように観察するのだろうか。稲村看護師はこう続ける。
「ここを観察しようと思って患者さんの元へ行くわけではなく、何気ない会話などのなかから変化を見て取るという感じです。病室へ行ったスタッフが何かを察知し、ナースステーションに帰ってきて『なんかさ……』と話す。カルテやデータには表れない、その気づきが当を得ている場合が多いのです。普段から近くにいて、毎日継続して見ているからこそ気づけることがあるのだと思います」
看護師の観察能力は、言葉やデータにならない微妙な変化をも嗅ぎ分ける。
「鼻が利くという言い方がいちばんぴったりなのですが、何かを観察しなくてはと思うのではなく、なんとなく気づく。そのセンスというか感性は、人と接するなかで自然と磨き上げられていくスキルなのではないでしょうか。『なんとなくおかしい』という感覚を大事にすべきだと思います。その違和感を察知して継続して気に留めて見ていくことがirAE発見の始まりになることも少なくありません」と稲村看護師。
一方、外来通院の場合は看護師のかかわりには時間的に限界がある。したがって、患者本人がマネジメントできるような働きかけが必要になる。
越路看護師は「主治医の診察、説明のあとに、患者さんががん治療しながらの今後の生活について、どのくらい具体的にイメージできているのかを確認することが必要であり、大切になります。とくに、ご高齢の方は体調の変化に気づきにくい場合もあるので、マネジメントにおいてはご家族の協力が必須になります。そのためにも、副作用による症状などについては、難しい医療用語ではなく、わかりやすい言葉で伝えることにより、緊急の場合でも患者さんやご家族が医療者に対して症状を具体的にわかりやすく伝えることができるようになると考えています」と述べる。
一方、外来化学療法室でのirAE早期発見においても、看護師ならではのアプローチがある。門馬看護師は言う。
「点滴を受ける患者さんは主治医の診察・検査がすべて終わってから外来化学療法室を訪れます。点滴が始まってから、『あ、先生にこれ言うのを忘れちゃった』とか『実は2、3日前にこんな症状があったんだよね』とお話しされることも少なくありません。診察室では緊張してしまい、準備していたのに聞きたいことが聞けなかったということもあります。ふと安らいだときに、言いそびれたことを思い出すのです。それが患者さんの本音だったりします。そうした本当の訴えを聞き逃さないことが大切であり、ちょっとした一言がirAE早期発見の糸口になることもあります」
頭頸部癌では疾患の特殊性を考慮した看護が必要その経験が看護師の成長にもつながる
頭頸部癌患者は治療後にQOLが障害されることも少なくない。失声して生活する、構音障害が残る、顔貌の変化など、他のがん種とは異なる疾患の特殊性がある。
越路看護師はそうした頭頸部癌ならではの看護について次のように指摘する。
「自分の思いをなかなか積極的に表現できない方が他の科の患者さんに比べると多いという印象があります。そういう患者さんとかかわるなかで、“聴く姿勢”を大切にしなければならないと日々思っています。患者さんは言葉にはしないけれど、なんか表情がいつもと違うとか、ちょっとした仕草などから変化に気づくこともあります。そういうところに敏感になってきたような気がします。あるいは、外来でご家族の方の『いつも孫と元気に遊んでいるのに、なんか先週からそういうこともしなくなって』といった何気ない言葉が、具合が悪いのかなと気づく手がかりになることもあります」
情報はいろいろなところに転がっている。要は、それに気づくことができるかどうかだ。
稲村看護師は「頭頸部癌の疾患の特殊性が私たち自身を成長させてくれると感じます。話せない、食べることができないなど人間が生きていく上での基本的な機能が障害されるのは見ていてもとてもつらいことです。だからこそ、私たちも患者さんを深く理解したいという気持ちが強くなります。治療後の看護師のかかわりは他のがんよりも濃く、看護に求められるレベルも高くなります」と述べる。
化学療法リンクナース会が情報を集約して院内に周知徹底する
現在、門馬看護師はじめ5人の看護師がirAE対策部会のメンバーに含まれている。部会では、irAEコンサルトの目安やコンサルト先を明確にした(図7)。
図7 免疫関連有害事象(irAE)コンサルトの目安
POINT ひと目でわかる、コンサルトが必要なirAE発現目安とコンサルト先

提供:宮城県立がんセンター(2020年4月現在)
また、部会で継続しているのが勉強会だ。勉強会を企画するグループは医師、薬剤師、病棟看護師、外来看護師が含まれており、不定期でirAEカンファレンスを開催している。
勉強会は、新規薬剤の使用が始まる際や新しいレジメンが登録される場合などにも投与管理の徹底のために開催される。
また、同院には看護師の代表が集まって構成されている「化学療法リンクナース会」が設置されている。
この会は化学療法管理委員会の下部組織になっており、手術室、緩和ケア病棟などを含むすべての部署のスタッフ代表が参加しており、各部署での化学療法に関する問題点や情報の周知徹底を図っている。扱われる内容は化学療法全般にわたるので、トピックになっている薬剤の投与管理、抗がん剤の曝露予防対策や血管外漏出時の対応など多岐にわたる。
「化学療法リンクナース会では、『この薬剤の投与管理を注意してほしい』『こういう患者さんの症状に気をつけてほしい』ということもお伝えしています。この会で話し合われたことを各部署に落として伝達することで院内全体に周知しやすくなります。irAEの発見・対応にしても、他の診療科の取り組みはなかなかわからないので、対応を統一させるために集約できる場となっており、とても重要な役割を担っていると思います」と稲村看護師。
最後に、各看護師にirAE対策について心がけていることを聞いた。
「irAEが多彩なので患者さんは混乱を来しやすいですが、伝えなければならない情報なので、なるべくわかりやすく説明するようにしています。そして、困ったら速やかに連絡してほしいと何度も伝えることが大切だと思います」(門馬看護師)
「早期発見・対応のために、外来看護師としては相談しやすい身近な存在だと患者さんに思っていただけるようにかかわっていきたいと思います」(越路看護師)
「irAEに早く気づいて対応するには、やはり多職種の連携が欠かせません。それができているのが頭頸部内科・頭頸部外科の持ち味であり、より連携を密にしながら、各職種の壁を低くしてよりフランクにやりとりできるようになればいいと思います」(稲村看護師)
カンファレンス紹介
irAEカンファレンス
頭頸部内科・頭頸部外科の連携カンファレンス(キャンサーボード)

高齢者や独居の在宅患者のirAE発見のためには患者自らの発信を促すことが重要
セントケア訪問看護ステーションは、トータルな介護サービスを全国527か所(2019年9月末日現在)で展開するセントケア・ホールディング株式会社が運営する訪問看護ステーションだ。宮城県立がんセンターでは2018年から地域医療連携室を介してセントケア訪問看護ステーション太白山田と連携し、がん患者の在宅療養をサポートしている。
在宅で療養する頭頸部癌患者に対する訪問看護師の役割について、鬼木孝規訪問看護師は次のように話す。
「頭頸部癌の治療後の患者さんは、摂食・嚥下など基本的な生活のための機能が障害されているケースが少なくありません。食事摂取ができなくて胃瘻を造設している方もおり、吸引などの処置も必要になります。現在介入させていただいている患者さんは、通常の食事を摂食できるので誤嚥の心配はあまりなく落ち着いた状態です。しかし、誤嚥のリスクはあり、喀痰が増えるなど身体状況の変化があるので、食事形態や一回の摂取量を工夫するなどのアプローチが必要になります」
鬼木訪問看護師がいま在宅で見ている患者の1人は、宮城県立がんセンターに入院していて在宅へ移行した。退院後にICI治療を開始し、現在1ヵ月に2回ほど外来通院をしている。キーパーソンが遠方に在住しているため、何かあったときには訪問看護師にすぐに対応してもらえることが家族の安心感につながっている。現在のところ普段どおりの生活ができており、訪問回数は週に2回ほどで済んでいる。
「患者さんが自分の状態を自ら発信できるかどうか、あるいは痛みなどの症状の程度によって訪問回数は随時変動させます。irAEの症状について自宅での日常生活のなかで『いつもと違うな』という体調の変化を自分から発信してもらえるようにアプローチすることが大切です。訪問時以外でも、患者さんから体調の変化について電話連絡があれば、次の外来まで待ってもいいのかどうかなどを相談します。まずは、電話をいただけるような信頼関係を築くことが大切になります」
鬼木訪問看護師は、ICIのirAEに関するパンフレットなどのツールを使いながら、患者に対して「異常があったときには自分でそれを振り返って見るように」という声かけをしているという。
訪問看護師は在宅で普段どおりの患者を見ているためirAE発現時など状態の変化に気づきやすい
在宅でirAEが疑われるような体調の変化があった場合、患者は最初に訪問看護師へ連絡をするという取り決めになっている。そして、訪問看護師が早く診てもらったほうがよいと判断した場合は地域医療連携室経由で頭頸部内科の山﨑医師に電話が入る。患者の体調が芳しくない場合は、訪問看護師からバイタルサインなどを伝えてもらい、必要に応じて受診を促す。もっとも、同訪問看護ステーションの訪問看護師はみな経験豊富であり、その判断に山﨑医師は全幅の信頼をおいている。経験豊富な訪問看護師の存在が在宅でのirAE早期発見を可能にしているのだ。
訪問看護師は基本的に週2回、場合によってはそれ以上の頻度で患者を訪問する。自宅の様子や生活状態も把握しており、訪問看護師は患者のありのままの姿に接している。病院受診時には元気に振る舞う患者でも、訪問看護師が在宅で見ると体調が悪いと察することのできる場合も少なくない。そうした様子について訪問看護師はすべて記録しており、病院の医師はその記録から患者の実像を知ることもある。
「週2回の訪問でも変化に気づきやすいという面はあると思います。『なんか今日は疲れてますね。何かしてきたのですか?』と尋ねると、『実はいつもより散歩をしすぎて』などと返ってきたりする。そうした会話をきっかけに、『実はお通じが出ていない』とか身体の変化について話してくださることもあります。患者さんが『いつもと変わりないから大丈夫』と言っても、期間をおいて訪問すると『ここが気になるんだよね』と本音をもらすこともあります。基本に信頼関係があるからこそ聞けることもあります。それによってご本人からの発信を引き出せるようにしたいと考えています」
同訪問看護ステーションでは、3人のスタッフが交代で患者を訪問することが多い。したがって、前回の訪問の際の状態などスタッフ間の情報共有もきわめて大切になる。

有害事象だけでなく加齢による体調の変化も考慮し外来でのICIや化学療法が継続可能か判断
頭頸部癌に対するICIと化学療法の併用では、有害事象のチェックがさらに複雑になる可能性がある。
「主治医の先生や外来の看護師さんと連携しながら、一般的な化学療法の有害事象とICIのirAEについて患者さんに理解してもらうことが大切です。新しい薬剤がどんどん出てくるので私たちも病院の医師から教えてもらって勉強しなければなりません」と鬼木訪問看護師は言う。
「自宅を訪問する際にはもちろん有害事象のことを念頭において、患者さんと話したり観察したりします。その際注意しているのは加齢の影響です。有害事象を疑わせる症状が実は加齢によるものということもあります。筋力が低下して日常生活に困っているような場合など、その人の生活が在宅で成り立つものなのか、いまの介護力でサポートできるのかといったことを見きわめた上で、外来でのICIや化学療法を継続できるのかどうかを判断する必要があります」
高齢の在宅患者で認知症がある例では患者自らの発信が難しい。そうした場合は家族が重要な情報源となる。
「家族から発信してもらえないと実態をつかみきれません。ただ、ご家族が一緒に暮らしていれば『ご家族から見て最近変わったことはないですか』などと確認できますが、独居の場合や先ほどの例のようにキーパーソンが遠方に住んでいる場合は難しく、私たち訪問看護師が注意深くフォローしていく必要があります」
入院から在宅へ移行する際には、退院前に病院看護師と情報を共有することも重要になる。新規患者を紹介された際には、訪問看護師が病院での退院前カンファレンスに同席する。それが入院から在宅に移行する患者の安心感にもつながる。退院前に在宅での生活がイメージできるか否かが、irAEマネジメントを含めて在宅療養がうまくいくかどうかの判断の目安になるという。
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