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特別対談

特別対談 サッカー選手に起きた肺血栓塞栓症
~BPAで選手人生の再スタートを切る~

今回は、松原 広己先生(独立行政法人国立病院機構岡山医療センター 副院長)を聞き手として、BPA(バルーン肺動脈形成術:balloon pulmonary angioplasty)治療を経て競技復帰を果たしたプロサッカー選手の大山 武蔵選手をお迎えし、CTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)の早期診断・介入の重要性について対談していただきました。

(2021年10月19日バイエル薬品大阪本社にて開催)

松原 広己 先生:1988年岡山大学医学部卒業、岡山大学医学部文部教官講師を経て2003年より国立病院岡山医療センター循環器科医長、2021年より独立行政法人国立病院機構岡山医療センター副院長を務める。肺循環疾患に関する治療では世界有数の実績を有する。

大山 武蔵 選手:1998年北海道札幌市生まれ。2017年にセレッソ大阪に入団後に急性肺血栓塞栓症と診断され、その後慢性化により退団。岡山医療センターでのBPAを経て2020年にF.C.大阪と契約し、プロサッカー選手として再スタートを切る。

目次


突然の発症と競技への強い思い

20代にも起こる急性肺血栓塞栓症

松原:大山選手は2020年、当院にて慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対するBPA治療を行い、みごと競技復帰を果たしています。今日は、大山選手とともに診断から治療、復帰までの道のりを振り返り、早期診断・介入の重要性についてお話ししたいと思います。よろしくお願いします。

大山:こちらこそ、よろしくお願いします。

松原:大山選手が体調の異変に気づいたのは2018年の春、胸の痛みがきっかけでしたね。

大山:はい。試合当日の朝のことです。その日は何とかフル出場できたのですが、翌朝目が覚めると痛みが強くなっていました。これはおかしいと思い、すぐチームドクターに相談して病院を受診しました。

松原:その病院で「急性肺血栓塞栓症」と診断されたのですね。

大山:そうです。あわてて検索すると、高齢者に多く、長時間じっとしている場合に発症する病気と書かれていました。僕のような20代のスポーツ選手でもあることなのでしょうか。

松原:めずらしいと思います。ただ、ないことはないですよ。若いスポーツ選手でも激しい運動により汗をかいて血液が濃縮し、そこに長時間移動などが重なれば、発症する可能性はゼロではないと思います。かつて我々が診た患者さんの中には、大山選手と同世代の野球選手、剣道や柔道の選手もいました。

大山:若くて健康体でも、発症する可能性はあるわけですね。

松原:そうですね。ただし急性肺血栓塞栓症の患者さんの大半は60代以上です。20代での発症は非常に稀といえます。


ラストチャンスの気持ちでサードオピニオンを求める

大山武蔵選手

松原:大山選手はそこから抗凝固薬の服用を開始して、試合はどうしていたのですか。

大山:万が一接触プレーで出血すると危険なので、3ヵ月間は治療に専念しました。その間、多くの人にサポートしてもらってリハビリもして、あっという間の3ヵ月間でした。

松原:乗り越えればまたプレーできるという思いがリハビリの原動力にもなったでしょう。

大山:はい。その後、病院では完治と判断されたので薬はやめて、試合にも復帰しました。でもその年のシーズンが終わった12月のある朝、突然、1回目よりも強い胸の痛みが出たのです。精査のため別の病院も紹介され、セカンドオピニオンを受けましたが、どちらの病院でも再発との診断でした。

松原:そこでプレーが困難となったわけですね。

大山:はい。抗凝固薬をずっと飲み続ける必要があるので、接触プレーのあるサッカーを続けるのは難しいと言われました。
でも、僕自身は病気による体力への影響は感じていませんでしたし、サッカーを諦めきれませんでした。それで家族とも話し合い、ラストチャンスぐらいの気持ちでサードオピニオンを求めて病院を調べていたら、同じような病気でサッカーを続けている畑尾選手を見つけたのです。

松原:畑尾選手は当院で治療を受けていましたからね。

大山:そこですぐ畑尾選手にSNSで連絡を取ったところ、松原先生がおられる岡山医療センターを紹介していただきました。


acute on chronicの鑑別とBPAの施行

検査値から慢性化を疑い、BPA施行へ

松原広己先生

松原:実際、大山選手から話を伺うと、急性肺血栓塞栓症を2回やったと聞こえなくもなかったのですが、どこか腑に落ちないところがありました。検査値を確認してもD-dimerがさほど上昇していません。そこで、ひとまず外来で血流シンチグラフィーを行ったところ、区域性の血流欠損が確認できました。
この大山選手の病態を急性肺血栓塞栓症の繰り返しではなく慢性化と捉えるなら、もちろん抗凝固療法は続ける必要がありますが、BPAで慢性化の状態を除去さえすれば、試合時は抗凝固薬を止めることも可能と考え、大山選手に提案をしました。

大山:サッカーが続けられると思うともう俄然、希望が湧いて、BPAをお願いしました。

松原:大山選手の病変部位は左の下葉の1区域だけで、他に大きな狭窄は見当たりませんでした。するとむしろ、1ヵ所を開通して果たしてどのぐらい症状が改善されるかが懸念されました。当院の初診時、大山選手本人はいたって元気そうでしたからね。

大山:はい。そうだったと思います。

松原:大山選手のBPAは1回で完了です。治療前の薄くてほとんど見えない血管はBPA後、ここまで太くなりましたが(図1)、この違いがサッカー選手の運動耐容能にどれほど貢献するかが問われるところでした。
そもそもmPAP(平均肺動脈圧)自体は正常で、それが下がることは期待できません。それでも、BPAにより労作時の最大負荷時のmPAPは27mmHgから24mmHgまで改善しました。mPAP/watt slopeは0.08から半分に低下し、AT(嫌気性代謝閾値)も5.3METsから9.3METsまで回復しています。
mPAP/CO(心拍出量) slopeが3.3と若干高いのは、恐らく1回目の血栓によってバイパス(側副血行路)が形成されたためと考えられます。これは健康な人にはないものですから、申し訳ないことに、そういう意味で大山選手の血行動態は完全に正常に戻ったとはいえません。それでもさすがサッカー選手、もともとの才能やトレーニングによって正常な運動耐容能を取り戻しています。BPA後は大いに運動できているのが、数値に表れていると思います。

大山:ありがとうございます。

図1:心臓カテーテル検査

心臓カテーテル検査


急性肺血栓塞栓症におけるacute on chronicの鑑別ポイント

大山武蔵選手

大山:僕のように、薬だけでなくBPAが適しているのはどのようなケースなのですか。

松原:大山選手の例でいうと、先ほど少し述べたように検査結果を見返して、血栓形成を反映するD-dimerが1回目は高値ですが、2回目はさほど上昇していなかったわけですね。このことから、新規の血栓はあっても大きなものではないと予測されます。それでも大山選手が1回目より強い症状を訴えているのなら、恐らく1回目の血栓の溶け残りがあり、そこに新たな血栓が付着して危険な状態を引き起こしていると考えるのが妥当です。しかも、2回目に抗凝固薬を再開して症状がとれたということは、新規の血栓は溶けて、古い血栓が残存していると考えるべきです。

それを証明するには心臓カテーテル検査が推奨されますが、大山選手は若いし体力があるので、我々はひとまず血流シンチグラフィーを提案した次第です。
こちらは血流シンチグラフィーのSPECT検査による所見ですが、左の下葉の背中側、10番の区域の血流欠損が一目瞭然です(図2)。急性肺血栓塞栓の血栓が溶けているなら、説明のつかない所見です。
大山選手が当院を受診したのは、2回目に胸の痛みを訴えてから3ヵ月は経過しています。そのときほぼ症状がないのに、紛れもなく血流が途絶えているところがある。これは、肺動脈圧はCTEPHの基準は満たしませんでしたが、慢性の肺血栓塞栓症であるのは間違いありませんでした。つまり、急性肺血栓塞栓症を繰り返したのではなく、1回目の溶け残りがあり、2回目はそこに新しく血栓が付着したacute on chronicで、BPAの適応であると我々は結論を下しました。このようなケースがBPAの適応となります。

図2:肺血流シンチグラフィーによるSPECT検査

肺血流シンチグラフィーによるSPECT検査


早めの専門医受診でQOL改善を

松原広己先生

大山:僕のように慢性化した場合、何か症状のサインはあるのですか。

松原:臨床では、急性肺血栓塞栓症を何回か繰り返すなどして、慢性化した状態で受診する患者さんは多くはありません。また、大山選手のように痛みが出たりするのは稀です。

大山:はい。胸の痛みと言いましたが、実際は背中の左側の痛みでした。

松原:左側の詰まったところに一致して痛みが出たわけです。慢性化により血流が少なくなっているうえに血栓を形成して、血流がほぼ途絶し、肺梗塞を呈するまでになると、胸膜が刺激されて大山選手のように痛みが出ます。梗塞まで至らず塞栓の段階であれば、痛みよりは息切れ、失神の方が多いのです。
問題は、いずれの場合も患者さんが症状を訴えて受診したところで、レントゲン検査で異常は検出できないことです。そのため、非専門医の先生のところでは肺炎は除外できても原因が特定できず、喘息と診断されたままといったケースも少なくありません。原因不明の胸の痛みが続いたり、急性肺血栓塞栓症と診断後も治療に難渋したりする場合は、ぜひ慢性化やacute on chronicを疑って欲しいですね。
とくに現在、CTEPHについては、治療の進歩により格段に予後やQOLが改善しました。その恩恵を受けられるはずの患者さんを、いたずらに放置することは避けるべきです。医療従事者の皆さんは、肺の血管に何か起こっているのではないかと疑ったときは抱え込まず、ぜひ早めに専門的検査のできる施設への紹介を検討していただきたいと思います。


BPA後、競技に復帰

治療によるメリットを広く社会に向け発信

松原:大山選手、現在の体調はどうですか。

大山:ありがとうございます。BPAから1年半経ちますが、体調は本当に良いです。岡山医療センターを受診して、松原先生はじめ多くのスタッフの方々が僕の病気についてさまざまな可能性を探り、選択肢を検討して下さったおかげだと思います。

松原:一般に医療者は、どの患者さんにも均質な医療を提供することを考えます。そのためにガイドラインを作成し、それを遵守することで医療の質は保たれているわけですね。
ただし私自身は、必ずしも均質な医療でなくとも良いと思っています。それよりも、患者さんにとって最善となる医療を考え抜き、提供して欲しいですよね。私自身、そのような選択のできる医師でありたいですし、まずは「何とかできるのではないか」と考える姿勢を保ち続けたいと思っています。

大山:患者としては心強いです。

松原:BPA後、2020年10月からはプロサッカー選手として復帰したのでしょう。

大山:はい。今、あらためてサッカーができる喜びを感じています。サッカーができない期間が長かった分、今が当たり前ではないと日々思いますし、繰り返さないよう予防に努めています。ふだんはこまめな水分補給を心がけ、移動の際は着圧ソックスを履くなど、血流の良い状態を保つよう心がけています。

松原:頑張っていますね。

大山:あとは畑尾選手に自分が助けられたように、僕も今日のような機会を通じて患者の立場で広く発信していきたいと思います。アスリートなら病気を隠したいかもしれないですが、畑尾選手はしっかり社会に向けて情報発信をしていました。それが僕につながり、BPAを受けることができました。 ですから、こういう病気を発症したけど、今はサッカーを続けられているんだと発信していきたいですし、他の病気で落ち込んでいる人にも勇気を与えられればと思います。そういう意味でも、病気の経験は自分にとって無駄ではなかったと思っています。

松原:病気を経験してもアスリートとして頑張っているとなれば、発言は注目されるでしょうね。他の患者さんを元気づけるためにも、大山選手には今後、プロサッカー選手としてさらにステップアップして欲しいですね。

大山:はい。もっと有名になって発信力を高められるよう頑張ります。

松原:今日は大山選手とお話しできて嬉しかったです。どうもありがとうございました。

大山:ありがとうございました。