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麻酔科学の歴史 ORIGIN OF ANESTHESIA

EPISODE OF ANESTHESIA

麻酔科の歴史において、偉業を成し遂げた人々にスポットを当て、その生涯や功績をドラマチックに紹介します。


麻酔器発達史〔序章〕
3つの課題解決を求めて―

DEVELOPMENTAL HISTORY OF ANESTHESIA EQUIPMENT AND SYSTEM

麻酔科学の発展に麻酔薬とともに、車の両輪となり貢献してきた麻酔器。その技術的な進歩に照準を合わせるシリーズの初回は、麻酔器の発達史を俯瞰する。それは同時に、麻酔科学の発展を担った者たちの思想のバトンリレーでもある。より安全な麻酔を可能にするために、先人たちが苦労し、努力を重ねた跡を振り返ってみることは、現役の麻酔科医に、自らの使命への誇りを新たにしてもらう上でも有意義なことであろう。

※写真の麻酔博物館(兵庫県神戸市)には、古くからの麻酔器が展示されている。


はじまりは180年近く前

19世紀、欧米では化学の発展により、麻酔科学もまた進歩を遂げていた。1842年、米国の医師クロフォード・ロングは布にエーテルを染み込ませて、気化したエーテルを患者に吸入させる全身麻酔下で頸部腫瘍切除術を行った。1846年、同国のウィリアム・モートンはハーヴァード大学マサチューセッツ総合病院で、エーテル麻酔による外科手術の公開実験に成功した。翌1847年、エーテルよりも速効性のあるクロロフォルムが臨床応用された。1849年、ヴィクトリア女王のクロロフォルムを吸入しての無痛分娩を行ったことで知られる英国のジョン・スノウは、一方弁の付いたフェイスマスクからクロロフォルム(4%)を空気とともに吸入する方法を編み出した。これが草創期の麻酔器と考えられる。

 その後、英国麻酔科医ジョセフ・クローバーによる携帯可能な麻酔器の原型と言える吸入麻酔器、フランスのルイ・オンブレダンのエーテル吸入器の開発などへと連なり、1924年になるとドイツの技術者ロート・ドレーゲルが現在の麻酔器の基礎となる麻酔器を開発し臨床に使用された。 同時期(1920年)には、ハイドブリンク型麻酔器が誕生している。このように麻酔器を用いた吸入麻酔による全身麻酔の方法は、欧米で発展を遂げ今日に至るのである。


麻酔器をめぐる3つの課題

現代麻酔科学の誕生以来、その課題は、[1]「安定した麻酔深度の確保」、[2]「ヒューマンエラー防止のための安全性の確保」、[3]「エレクトロニクスの進歩による安全性の向上」に集約されるであろう。
 [1]においては、麻酔器の製作により麻酔ガス(エーテル、亜酸化窒素など)の吸入時に、吸気中の酸素濃度との調和が図られるようになった。それが灯心型気化器の組み込み(主として患者の呼吸回路内気化器で使用)、カッパーケトルの導入(麻酔ガス濃度の安定を実現した回路外気化器の誕生に結びついた)、ハロタン(強力な揮発性吸入麻酔薬)の誕生とともに、ガス流量および温度に対する補正機構を内蔵し、正確な濃度をダイヤルで設定できる回路外気化器の登場など気化器の改良が挙げられる。
 [2]の課題ではガス遮断装置、低酸素防止装置、医療ガス配管設備と医療ガスホースアセンブリにより、麻酔器への酸素、麻酔ガス、治療用空気の安全・安定供給が可能になったことを押さえておかなければならない。
 [3]に関しては、流量計、気化器、安全装置、麻酔用人工換気器など最新の麻酔器全体がコンピュータ制御されており、機器(システム)の安全性と精度は一層向上している。
 しかし、麻酔器を適切に操作するためには、装置に関与するコンピュータ制御機構の安全性の担保と、これらを使いこなす麻酔科医の力量は今後も問われるところだ。


全身麻酔器、国産第1号

 欧米主体で発展してきた麻酔科学ではあるが、戦後、日本でも海外の先進麻酔技術を導入する独自の試みがあった。日本の麻酔科学に夜明けをもたらした日米連合医学教育者協議会が開催された1950(昭和25)年の夏、まさに同じときに東京大学医学部第二外科の林 周一、綿貫 喆(てつ)は、米国の医学文献の情報をもとに泉工医科工業(株)に協力を求めて国内初の全身麻酔器を製作し、気管挿管麻酔の手術を行い成功している。それは同年7月4日に実施された乳がん患者に対する乳房切除術であった。当時は局所麻酔によって結核の肺葉切除など開胸手術がなされるのが一般的で、気管分岐部の処置時に咳嗽発作などによって、手術をしばしば中断しなければならず、手術が10時間を超えることもめずらしくなかった。手術を受ける側の苦しみを昭和期を代表する作家・吉村 昭も作品に残している。林たちはこの問題を解決し、安定した手術環境をつくり円滑な手術を実現すべく先駆けとなったのである。

現代のあらゆる優れた、便利な技術がそうであるように、麻酔器の技術も先人たちの試行錯誤と探求の賜物である。麻酔器の発達史を確かめる旅を始めたい。

麻酔器に関する主要な歴史

1846年
世界初のエーテル
1846年世界初のエーテル吸入器(ウィリアム・モートンによるエーテル麻酔公開実験の成功)
1852年局所浸潤麻酔の道を開いた注射筒の開発
1853年注射針の発明
1867年鼻と口を覆う亜酸化窒素(笑気)吸入器の開発
クロロフォルムと空気の濃度調節ができる吸入器の登場
ユンケルの小型吸入器の発明と国産麻酔器の開発
1872年亜酸化窒素を鉄筒に詰めることに成功
1877年エーテル濃度を調節する携帯型麻酔器の完成(ジョセフ・クローバー)
1882年エーテル・クロロフォルム麻酔器の発明(オープンドロップ法から吸入麻酔へ)
1887年亜酸化窒素・酸素の混合吸入器の開発
1893年フレデリック・ヒューイットによる安全な麻酔管理(亜酸化窒素麻酔中の酸素投与)の提唱
1898年濃度調節が可能な麻酔器の開発
1910年間欠的に流量調節が可能な亜酸化窒素・酸素麻酔器の開発
1912年麻酔器に流量計が装備される
1920年マギールの経鼻的気管挿管技術の確立(1928年に普及)
1924年麻酔器にソーダライムが取り付けられる
麻酔バッグの圧による作動開閉弁の使用
1926年循環式麻酔呼吸回路、二酸化炭素吸収装置が誕生
この頃、日本にも米国やドイツから当時新型の麻酔器が導入される(オンブレダン吸入器を含む)。
ただし、詳細はつまびらかではない
1950年日米連合医学教育者協議会の開催により、米国の麻酔科学の導入
1974年日本光電工業によるパルスオキシメーター(動脈血中酸素飽和度測定装置)の発明

〈参考文献等〉
・釘宮豊城編『麻酔器』(克誠堂出版)〈2009年〉
・釘宮豊城著『[図説]麻酔器‐構造と機能‐』(真興交易(株)医書出版部)〈1997年〉
・岩崎寛ほか編『麻酔科診療プラクティス 19. 麻酔器・麻酔回路』(文光堂)〈2006年〉
・山蔭道明監修『今さら聞けない麻酔科の疑問108 基本事項から専門医が知っておきたい知識・テクニックまで』(文光堂)〈2017年〉
・松木明知著『日本麻酔科学史の知られざるエピソード【戦後篇】』(真興交易(株)医書出版部)〈2014年〉
・松木明知著『麻酔科学のルーツ』(克誠堂出版)〈2005年〉
・松木明知著『麻酔科学のパイオニアたち 麻酔科学史研究序説』(克誠堂出版)〈1983年〉
・G.B.Rushman N.J.H.Davies R.S.Atkinson著 松木明知監訳『麻酔の歴史 150年の軌跡〈改訂第2版〉』(克誠堂出版)〈1999年〉
・(社)日本麻酔科学会50年史編集委員会編『「麻酔」第53巻・臨時増刊号/社団法人日本麻酔科学会50年史』(克誠堂出版)〈2004年〉
・『麻酔』(66巻6号2017年6月/克誠堂出版)
・『臨床麻酔』(Vol.42/No.2 2018-2/真興交易(株)医書出版部)
・『吉村昭が伝えたかったこと』(文藝春秋 平成23年9月臨時増刊号)など

〈取材・写真提供協力〉
・釘宮豊城 順天堂大学 名誉教授
・牧野洋 浜松医科大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科 講師
・松木明知 弘前大学 名誉教授
・麻酔博物館


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