共有する

開発の経緯

開発の経緯

肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary arterial hypertension:PAH)は、進行性の致死的疾患であり、治療にもかかわらず患者の身体活動及び生活の質に制限が生じています。

PAHでは、内因性血管拡張物質(Nitric oxide:NOやプロスタサイクリンなど)の産生障害、血管収縮物質(エンドセリン-1など)の過剰発現、肺小動脈における血管平滑筋細胞の異常増殖が生じその結果、肺血管リモデリングが進行して肺血管抵抗(Pulmonary vascular resistance:PVR)が上昇し、最終的に右心不全に至りますが、その本態は肺血管を構成する細胞の異常増殖などによる肺血管リモデリングであり、その原因は機能障害による血管の恒常性低下と考えられています。

PAHの治療は、利尿薬や酸素による支持療法を行いながら、PAH治療薬での薬物療法が中心となります。既承認の治療薬は、主に血管収縮に対して作用する肺血管拡張薬であり、大きく3つの系統[プロスタノイド及びプロスタサイクリン受容体作動薬(Prostaglandin I2:PGI2)、エンドセリン受容体拮抗薬(Endothelin receptor antagonist:ERA)、ホスホジエステラーゼ5(Phosphodiesterase type 5:PDE5)阻害薬/可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble guanylate cyclase:sGC)刺激薬]に分かれます。

国内外の治療ガイドラインでは、PAH患者に対して、初期併用療法を含む予後・重症度リスクに応じた治療戦略により管理することが推奨されており、これらの薬剤を併用することによりPAH 患者の生存率は向上してきています。しかしながら、既存の肺血管拡張薬では十分に改善のみられない患者が今もなお存在することから、更なる治療成績の向上や患者の生活の質の改善のため、PAHの本態を標的とし、血管の恒常性を回復させる新規治療薬が望まれています。

近年、PAHの病因(サブタイプ)によらず骨形成蛋白質II型受容体(Bone morphogenetic protein receptor II:BMPR II )シグナル経路の欠損、あるいはシグナル伝達の低下がPAHの病態生理に寄与する重要な因子であることが報告されています1)。PAH患者ではアクチビンIIA型受容体(Activin receptor type IIA:ActRIIA)を介した増殖促進系のシグナル伝達が促進されており、増殖抑制系のBMPRIIシグナル伝達は減少します。ActRIIA-BMPRIIシグナル伝達の不均衡は、血管構成細胞の過剰な増殖を引き起こし、肺動脈壁の病的なリモデリングを生じさせ、動脈内腔の狭窄や肺血管抵抗を上昇させ、それらによる肺動脈圧の上昇及び右室機能不全をもたらします。

エアウィン®皮下注用(一般名:ソタテルセプト、以下、本剤)は、Acceleron Pharma Inc.(現 Merck & Co., Inc., Rahway, NJ, USA)により開発が開始された遺伝子組換えのヒト二量体ActRIIAの細胞外領域ドメインとヒトIgG1のFc領域からなる融合蛋白質(ActRIIA-Fc)で、アクチビンリガンド及び成長分化因子(Growth Differentiation Factor:GDF)の捕捉を治療標的としたPAHに対する世界初の作用機序を有する非肺血管拡張薬です。

アクチビンA及びActRIIAの他のリガンドを除去してアクチビンシグナル伝達を阻害することにより増殖促進性(ActRIIA/Smad2/3介在性)及び増殖抑制性(BMPRII/Smad1/5/8介在性)のシグナル伝達のバランスを改善させ、肺血管平滑筋細胞の増殖を抑制します。
本剤のPAHを対象とした臨床開発は2020年4月、米国食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration:FDA)からBreakthrough Therapy Designationに、欧州医薬品庁(EMA)からPriority medicines(PRIME)に指定され、また希少疾病用医薬品として2019年9月にFDAから、2020年12月にEMAから指定されました。その後、海外第Ⅲ相試験(003試験:STELLAR)の結果等に基づき2024年3月に米国で、2024年6月にEUで肺動脈性肺高血圧症(PAH、WHOグループ1)の成人の治療薬として承認されました。本邦では、2024年3月に希少疾病用医薬品として指定を受け、日本人を対象とした国内第Ⅰ相、第Ⅲ相試験及び海外試験等の結果をもとに製造販売承認申請を行い、「肺動脈性肺高血圧症」を適応症として2025年6月に承認されました。

References

1)Atkinson C et al. Circulation. 2002; 105(14): 1672-8.