慶應義塾大学医学部呼吸器内科 日本におけるCOVID-19後遺症と重症化予防に関する取り組み
解説コラム
慶應義塾大学医学部呼吸器内科
日本におけるCOVID-19後遺症と重症化予防に関する取り組み
2022年10月25日オンライン取材
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慶應義塾大学医学部呼吸器内科 教授
福永 興壱 先生
目次
- COVID-19後遺症および重症化予防戦略について
- アジア最大級のバイオレポジトリーを用いたCOVID-19重症化機序の解明に対する取り組み
- COVID-19後遺症に関する取り組み
- COVID-19重症化予防戦略および後遺症研究における今後の展開
COVID-19後遺症および重症化予防戦略について
2019年12月に中国武漢で原因不明の肺炎として報告されたCOVID-19は、瞬く間に日本を含む全世界に新興ウイルス感染症として拡大しました。現在では有効なワクチンおよび治療薬が開発され死亡率は下がっているものの、現時点でもなお多くの罹患者を日々生み出し、重症化する患者も一定数みられます。
さらに、2020年後半から、COVID-19に罹患し急性期を過ぎた後に様々な全身の症状が遷延することが報告されるようになりました。こうした後遺症を、英国では「Long COVID」、米国では「Post-Acute Sequelae of SARS-CoV-2 infection(PASC)」、世界保険機関(WHO)では「Post COVID-19 condition(COVID-19罹患後症状)」と呼び、海外では後遺症に関する大規模調査研究の結果が報告されています。一方で後遺症の実態は不明であり、社会不安の一因となっています。
そこで、重症度予測法を構築することで医療リソースの最適化を図り、医療崩壊を防ぐことや、後遺症の日本におけるデータを集積し、実態解明および病態生理を理解することが重要な取り組みであると考えられます。

アジア最大級のバイオレポジトリーを用いた
COVID-19重症化機序の解明に対する取り組み1)2)
日本人・アジア人は、COVID-19による重症化・死亡率が少ないことが知られていましたが、その原因は未だに明らかではありませんでした。そこで、コロナ制圧タスクフォースでは患者の生体試料を持つCOVID-19のバイオレポジトリーを活用し、どのような人が重症化しやすいのかについて研究を行うことになりました。
その一環として、アジアで初めて COVID-19患者と健常者との遺伝子型を網羅的に比較する大規模ゲノムワイド関連解析を実施しました。その結果、免疫機能に重要な役割を担う DOCK2という遺伝子領域近傍にある一塩基多型(SNP)が、65歳以下の非高齢者において約2倍の重症化リスクを有することを発見しました(図1)。また、ヒト検体を用いた詳細な解析(RNA-seq 解析、single cell RNA-seq解析一細胞解析、病理解析、細胞実験)により、リスクアリルを有する患者や重症患者では、末梢血単核細胞(特に単球系の細胞集団)や肺組織におけるDOCK2発現量が低下していることが明らかになりました。さらに、SARS-CoV-2感染動物モデルを用いた動物実験では、DOCK2は、SARS-CoV-2感染に対する宿主免疫応答に重要な役割を果たしており、その機能を阻害するとSARS-CoV-2感染が重症化することが示されました。
以上より、DOCK2はCOVID-19の重症化のマーカーとしてだけではなく、COVID-19の治療標的となる可能性があります。
図1 日本人集団大規模ゲノム解析によるCOVID-19重症化因子候補の同定
(非高齢・重症患者群440例 vs 集団コントロール2,377例)

5q35:5番染色体上のDOCK2遺伝子近傍領域
対象・方法:COVID-19に罹患して重篤化し、酸素投与やICU入室が必要となった患者、死亡した患者の遺伝的背景の関与を調べるために、主に第1-3波で集積した約2,400例のDNAを用いて、ゲノムワイド関連解析を行った。
Namkoong H et al. Nature. 2022; 609(7928): 754-760.
COVID-19後遺症に関する取り組み3)
慶應義塾大学を中心とする研究グループでは、日本で初めて1,000例規模のCOVID-19後遺症研究を実施しました。本研究では、COVID-19罹患後によくみられる24項目の症状(罹患後症状)の有無について、入院中、診断3ヵ月後、6ヵ月後および12ヵ月後にわたりアンケート調査を行うとともに、各患者の臨床情報を集積しました。また国際的に使用されている各種質問票を用いて、健康に関連したQOLへの影響、不安や抑うつの傾向、新型コロナウイルスに対する恐怖感、睡眠障害、労働生産性に関しても調査しました。
何らか一つ以上の症状を認めた割合は、時間の経過とともに統計学的有意に経時的に低下していましたが、診断から12ヵ月経過後も約1/3の方に何らか一つ以上の症状が残存していることが確認されました(図2)。診断3ヵ月後に多い罹患後症状は、上位から、疲労感・倦怠感20.5%、呼吸困難13.7%、筋力低下11.9%、診断6ヵ月後では、倦怠感16.0%、思考力・集中力低下11.2%、呼吸困難10.3%、診断12ヵ月後では、倦怠感12.8%、呼吸困難8.6%、思考力・集中力低下7.5%、筋力低下7.5%でした。
また、診断後3ヵ月の時点の解析で罹患後症状が一つでも存在すると、健康に関連したQOLの低下、不安や抑うつ傾向の増加、新型コロナウイルスに対する恐怖感の増長、睡眠障害の増悪、労働生産性の低下などの影響があることが判明しました(図3)。
図2 一つ以上のCOVID-19罹患後症状を有する患者割合の経時変化

対象・方法:COVID-19の確定診断を受けて入院し、退院した18歳以上の軽症・中等症・重症の患者を対象に、罹患後症状の有無について、入院中、診断3ヵ月後、6ヵ月後および12ヵ月後にわたり、アンケート調査を行った。
慶應義塾大学医学部:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の罹患後症状に関する国内最大規模調査報告について
(https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2022/6/2/28-124476/)2022年11月アクセス
図3 診断3ヵ月後の罹患後症状の有無によるQOLスコア、不安や抑うつ、恐怖尺度、睡眠障害の変化

平均値±標準偏差
対象・方法:COVID-19の確定診断を受けて入院し、退院した18歳以上の軽症・中等症・重症の患者を対象に、罹患後症状の有無について、入院中、診断3ヵ月後、6ヵ月後および12ヵ月後にわたり、アンケート調査を行った。また、国際的に使用されている評価尺度(質問票)を用い、健康に関連するQOL(評価:EQ-5D-5L、SF-8)、不安・抑うつ傾向(評価:HADS)、新型コロナウイルスに対する恐怖感(評価:新型コロナウイルス恐怖尺度)、睡眠障害(評価:ピッツバーグ睡眠質問票)、労働生産性(評価:WHO健康と仕事のパフォーマンスに関する調査票)を評価した。
慶應義塾大学医学部:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の罹患後症状に関する国内最大規模調査報告について
(https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2022/6/2/28-124476/)2022年11月アクセス
COVID-19重症化予防戦略および後遺症研究における今後の展開
コロナ制圧タスクフォースでは、DOCK2がCOVID-19の有望な治療標的となる可能性が示されたことから、今後は、DOCK2を活性化する新たなCOVID-19治療薬の開発が期待されます。一方、COVID-19の重症化抑制の観点からは、複数のCOVID-19治療薬が既に承認され使用可能です。COVID-19の重症化には、DOCK2をはじめ様々な要因が関与するため、重症化リスクは一概に規定するのではなく患者ごとに個別に見極めることが必要となってきました。重症化する可能性のある患者においては、入院や死亡抑制をエビデンスとして有する薬剤を発症早期から使用することも重要な戦略であると考えられます。
また、罹患後症状は健康関連QOLの低下、不安や抑うつ、恐怖感の増強、睡眠の質の低下にも影響するため、COVID-19後遺症に対しては、多面的なサポートが必要であると考えられます。現時点でCOVID-19後遺症に対する明確な治療法は確立されていませんが、今回の知見をもとに、新たな治療法や予防法の研究が進むと期待されます。
参考資料
1)Namkoong H et al. Nature. 2022; 609(7928): 754-760.
2)COVID-19 Host Genetics InitiativeNature. 2021; 600(7889):472-477.
3)慶應義塾大学医学部:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の罹患後症状に関する国内最大規模調査報告について
(https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2022/6/2/28-124476/)2022年11月アクセス
COVID-19後遺症と重症化予防に関するpoint
- COVID-19は、現在においても重症化する患者が一定数みられ、また、COVID-19後遺症の実態が不明であることから、社会不安の一因となっている
- COVID-19後遺症研究において、診断から12ヵ月経過後も約1/3の方に何らか一つ以上の症状が残存していることが確認された
- 診断後3ヵ月の時点で罹患後症状が一つでも存在すると、健康に関連したQOLの低下、不安や抑うつ傾向の増加、新型コロナウイルスに対する恐怖感の増長、睡眠障害の増悪、労働生産性の低下などの影響があった
- コロナ制圧タスクフォースで実施された大規模ゲノムワイド関連解析では、DOCK2が65歳以下において約2倍の重症化リスクを有することが発見された
- COVID-19の重症化には、DOCK2をはじめ様々な要因が関与するため、重症化リスクは一概に規定するのではなく患者ごとに個別に見極めることが必要。重症化する可能性のある患者においては、入院や死亡抑制をエビデンスとして有する薬剤を発症早期から使用することも重要な戦略であると考えられる