九州大学病院編:取り組み事例レポート
取り組み事例レポート
九州大学病院
診療科・職域横断的な体制による免疫チェックポイント阻害薬の適正使用の実践
2017年6月掲載 (2016年11月25日 取材)

監修:地方独立行政法人北九州市立病院機構 理事長
(2019年3月まで 九州大学大学院医学研究院 臨床医学部門内科学講座 呼吸器内科学分野 教授)
中西 洋一 先生
患者さん・ご家族までを含めた全員が Team iCI メンバー
免疫チェックポイント阻害薬の適正使用推進のために
がん治療は、免疫チェックポイント阻害薬の登場により、新たな局面を迎えています。現在、免疫チェックポイント阻害薬は、悪性黒色腫や非小細胞肺がんなどに対して臨床応用されており、その他のがん腫に対しても臨床試験が進行中であり、その効果には大きな期待が寄せられています。
その一方で、免疫チェックポイント阻害薬は、我々がこれまでの抗がん剤で経験して来なかった免疫関連有害事象(irAE)が起こることが知られています。irAE は、全身のどこに、いつ起こるのかわかりませんが、その多くは可逆的であったりコントロール可能で、早期に発見すれば管理可能とされています。免疫チェックポイント阻害薬の効果をしっかりと患者さんに届けるためには、我々がいかに迅速に、副作用をマネジメントできるかにかかっています。
我々はそのカギとなるのが、「コミュニケーション」だと考えています。迅速な副作用対策の実現には、がん治療を実施する診療科と irAE に対応する専門診療科の密な連携が必要です。診療科、職域が横断的に、さらには患者さんとご家族までを含めた全員が、適正使用を実践するためのチームであるという意識が大切です。
そこで当院では、治療を実施する診療科を中心に、irAE に関連する専門診療科、看護師や薬剤師などの各職域担当者が参加する、「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会(Team iCI)」を立ち上げました。定期的に副作用情報を共有し、すべての診療科が同じ基準で迅速に適正使用を実践できるシステムの構築を目指して、日々議論を重ねています。本コンテンツでは、Team iCI でこれまでに検討し、実践してきた irAE 対策の一例をご紹介したいと思います。
※ 当該記事における肩書き・内容等の記載は、取材時点の情報も含まれております
Screening
irAE スクリーニング検査項目の統一
いずれの薬剤においても、適正に使用するためには、副作用の兆候を見極める必要があります。しかしながら、そのために検査すべき項目は、診療科によって偏りがちです。
そこでTeam iCIでは、irAEのスクリーニングに必要な検査項目を診療科横断的に検討し、統一を図りました。
スクリーニング検査として必須の項目を「推奨グレードA」、副作用が疑われる場合に検査すべき項目を「推奨グレードB」、その他に推奨される項目を「推奨グレードC」とカテゴリー分けすることで(表)、検査漏れがなくなるほか、条件をそろえてデータを管理することで、研究に用いることもできます。
また、同日に検査しない項目や病名の書き方などのルールも決めています。
表 irAE スクリーニングにおける検査の推奨グレード ~九州大学病院~

【提供】九州大学病院「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会」
Check Sheet
irAE 早期発見チェックシートの作成
専門外の疾患の兆候に気が付くことは医師であってもしばしば困難なことです。
そのため、Team iCI では、様々な irAE で早期に起こり得る臨床症状を洗い出し、患者さんにもわかりやすい言葉にした「副作用確認シート」を作成しています(図1)。
例えば、重症筋無力症では「物が二重に見える」というチェック項目を設け、全身に進行する前に、眼筋に障害があらわれた段階で気が付いてもらえるように工夫しています。
症状の重症度は CTCAE の Grade 分類で評価し、利用しやすいようにしました。投与ごとに本シートを用いて、患者さんの症状を確認することにより、副作用の兆候に早く気が付き、早期に拾い上げられるようにしています。
irAE の早期発見には職域を超えた連携も重要です。
当院のがん看護外来では、がんの症状や生活面での悩み、治療に伴う症状の管理などの相談を専門の看護師が受けています。
緩和ケアチームは、患者さんが医師には話しにくい悩みや痛みを耳にすることがあるので、そのような情報も必ず担当医と共有し、チームで診療に取り組んでいます。
図1 患者さん用副作用確認シート ~九州大学病院~

【提供】九州大学病院「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会」
(2020年6月現在)
Algorithm
irAE 対策アルゴリズムの検討・共有
irAE が発生した場合の対処法については、基本的には製薬企業が提供する適正使用ガイドを参照していますが、Team iCI では、当院で実際に使う薬剤の種類や量、順番など、より具体的なアルゴリズムを、薬剤師が中心となってカスタマイズしています。
それにより、いざというときに迷わず対策が取れるほか、同じ薬剤で統一しておくことで、今後より適切な対策を検討する際に活用することができます。
アルゴリズムの検討は、間質性肺疾患、下痢・大腸炎、肝機能障害、神経障害(重症筋無力症など)、内分泌障害(甲状腺機能障害など)、1型糖尿病、静脈血栓塞栓症、インフュージョンリアクション、皮膚障害、腎機能障害、脳炎を対象に順次進めています。
間質性肺疾患については、膠原病内科と呼吸器内科とで協議をして(図2)のように標準化しました。
話し合いによっては当院独自の考え方を採用することもあります。例えば、重症筋無力症については、クリーゼが死因になる点を重要視し、ステロイドは少量から漸増させることにしています。
アルゴリズムに関しては、今後も最新の情報に基づいて再考し、必要に応じて随時更新していく予定です。
図2 間質性肺疾患:発現時の対策(簡易版) ~九州大学病院~

【提供】九州大学病院「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会」
(2020年6月現在)
Column
九州大学病院の「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会(Team iCI)」とは
診療科間の敷居を低くすることも、迅速な irAE 対策の一助
「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会(Team iCI)」は、2016年2月に九州大学病院で発足した院内組織である。適正な irAE 対策を迅速に実践するためには、病院全体で情報を共有し合い、お互いの経験値や知識を積み重ねていく取り組みが必要との考えから、呼吸器内科の中西洋一先生が中心となり発足した。免疫チェックポイント阻害薬の治療を実施している9つの診療科(治験を含む)に加え、irAE が起こり得る専門診療科に声をかけ、16の診療科が一堂に会する場となり、医師のほか、がん治療にかかわる各職域の担当者も参加し、2016年11月現在、総勢50~60人の組織となっている(図3)。
診療科や職域横断的な取り組みの実現は一般的には難しいと考えられがちだが、Team iCI には積極的な参加が多かったという。その背景には、常に最先端に立ち、医療の進歩に貢献する姿勢や、がん治療における職域を超えたチーム医療を重要視してきたこれまでの環境も影響しているのであろう。その力が、横断的な連携強化が求められる免疫チェックポイント阻害薬という新たな治療を前に、実践されている。委員会は月に1回開催され、副作用対策に難渋した事例のカンファレンス、専門診療科による irAE のミニレクチャー、irAE 対策アルゴリズムの検討などが行われている。
Team iCI 立ち上げの成果について中西先生は、「他科と顔が見える関係を構築できたことは、大きな成果でした。例えば1日に4、5回程度の下痢が生じた場合、これまでなら、消化器内科に毎回相談するのは気が引ける、少し様子をみようかなどと思いがちでした。しかし今は、『こんな症状が出ました』『すぐに診せてください』といった連携が可能になりました。」と話す。診療科間の敷居を低くすることも、迅速な irAE 対策の一助になっている。
図3 Team iCIの構成メンバー ~九州大学病院~

CRC:治験コーディネーター SW:ソーシャルワーカー
【提供】九州大学病院「免疫チェックポイント阻害薬適正使用委員会」