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取り組み事例レポート:京都第二赤十字病院

私たちの取り組み 適切な筋弛緩管理のためにできること

京都第二赤十字病院(取材:2020年12月4日・京都ブライトンホテルにて)

平田学先生(京都第二赤十字病院 麻酔科 部長)

藤森紀久子看護師(京都第二赤十字病院 手術室 手術看護認定看護師)

Index

「 京都市における地域医療・救急医療の中心的役割を担う京都第二赤十字病院 」

平田 学 先生

平田先生 京都第二赤十字病院は、地域医療支援病院として地域の医療機関と連携した治療や医療従事者の研修を行うなど、地域医療の中核を担っています。また、24時間体制で救急医療を提供する救命救急センターを併設しており、脳血管障害や重症心疾患、交通事故などの多発外傷をはじめとした重篤疾患の診療を行っています。特に外傷手術は多く、京都市における救急医療の中心的役割を果たしています。加えて、地域がん診療連携拠点病院であることから、腫瘍の治療にも力を入れています。手術件数は年間約7,000件、麻酔科管理件数は年間約4,500件です。2020年はコロナ禍の影響もありましたが、多い日には30件を超えることもありました。
藤森看護師 手術室は10室です。看護師は基本的に3名(器械出し看護1名、外回り看護2名)体制ですが、局所麻酔や体位変換がない手術の場合は、2名で対応しています。

「 術式の変化に伴い、手術の質と安全の両面から深い筋弛緩が必要に 」

平田先生 現在、多くの疾患で腹腔鏡下手術が取り入れられているとともに、一部の疾患では多くの施設がロボット手術も導入しています。これらの手術では、術中に深い筋弛緩が得られていないと鉗子の操作が行いにくく、手術の質にも影響を与えます。また、脳外科手術などの顕微鏡下手術では、予期せぬ体動が起こると事故につながりかねないため、十分な筋弛緩状態が必要です。開腹手術においても、閉腹に至る最後まで必要量の筋弛緩薬を投与し、術者が手術を行いやすいよう筋弛緩状態を維持することを心掛けています。

藤森看護師 過去には、手術終了間際に筋弛緩状態から回復した患者さんが動き出して、手が手術部位に近づいてしまうのを慌てて押さえたこともありました。今は、異物残存予防のためのレントゲン撮影まで筋弛緩状態が維持されるので、そのような心配が少なくなりました。

「 筋弛緩管理は個体差を考慮して行うべき 」

藤森 紀久子 看護師
藤森 紀久子 看護師

平田先生 原則として、筋弛緩管理は筋弛緩モニターによるモニタリング下で筋弛緩状態を確認しながら行うべきだと思います。ただ残念ながら、当院では全例で筋弛緩モニタリングが行われているという状況にまで至っておりません。筋弛緩薬の効果には個体差があるため、筋弛緩モニタリングによる客観的データから適切な拮抗を考えるべきで、全室での筋弛緩モニター設置が理想的だと考えています。

「  リスクが高い抜管時に患者さんのそばを離れないためにスガマデクス2バイアル設置の取り組み  」

平田先生 深い筋弛緩状態からリバースする場合、スガマデクスの投与量は4mg/kgとなるため、体重が50kgを超える患者さんの場合はスガマデクス静注200mgでは2バイアル目が必要となります。スガマデクスが適切な量を投与されていない場合、再クラーレのリスクがあるため、以前は、患者さんの回復状況などから判断してスガマデクスの追加投与が必要になった際に、その都度、中央に位置する中央管理薬剤カートに取りに行っていました。

昨今、手術終了時まで深い筋弛緩状態を維持する症例が増えていることに加え、スガマデクスを取りに行く看護師から、リスクの高い手術終了時に持ち場を離れることについて不安の声も挙がっていたことを踏まえて、手術ごとにあらかじめスガマデクスを2バイアル設置することにしました。

藤森看護師 手術終了時、麻酔科の先生は患者さんのそばを離れられないので、追加のスガマデクスが必要な場合は外回り看護師が取りに行くのですが、その時間帯は1名体制になっていることがほとんどです。先にスガマデクス1バイアルが投与されているので、患者さんが動き出してルートやドレーンのトラブルになったり、転落の危険性が生じます。ときに、麻酔から覚めてパニックを起こしてしまう場合もあるので、患者さんのそばを離れるのは危険だと感じていました。特に、スタッフが少ない夜間の手術、緊急搬送などで患者さんの背景を把握できないまま手術が始まっている場合は危険度が増します。

中央管理薬剤カートまでは距離にして30mくらいですが、往復してかつ看護師がバイアルから吸い上げる準備を考えると、投与完了まである程度時間を要します(図)。経験が浅い看護師だと、スガマデクスを中央管理薬剤カートから探し出すのに時間を要したということもありました。

現在、スガマデクスは室内薬剤カートの2段目に設置しており(写真)、手術終了間際に麻酔科の先生から指示を受け、筋弛緩状態と体重に基づいた用量を注射筒に準備しています。慌ててもう1本取りに行くことがなくなったこと、一番危険な時間帯に患者さんのそばから離れる不安が解消されたメリットは大きいです。

「  目で判断しにくい筋弛緩状態
適正量のスガマデクス投与が重要  」

平田先生 例えば、重篤な喉頭痙攣などを起こして緊急再挿管が必要になった場合、筋弛緩薬や麻酔薬、気管チューブなど多数の準備が必要です。リスクの高い覚醒時に外回り看護師の不在、マンパワーが不足するという事態は、たとえ短い時間であっても避けなくてはいけないと思います。最も悪い状況を想定して、あらかじめ準備できる、対処できるリスク管理を行っておくべきだと考えました。

過去に必要量のスガマデクスが投与されていなかったケースの中には、臨床上で回復しているように見えても、筋弛緩モニタリングの数値上では十分な回復が得られていないこともあったかもしれません。病棟で再クラーレが起こると非常に危険なため、適正量のスガマデクス投与を行う上でも、あらかじめ2バイアル設置しておく意義があると考えています。

藤森看護師 スガマデクスが発売される以前に比べて、手術終了から手術室退出までの時間は短くなりました。今は抜管から退出まで10~15分程度です。病棟への帰室に際しては、筋弛緩薬の投与タイミングや覚醒・呼吸の状態などを看護記録に記載して、気になる点は特に注意して伝えているものの、病棟では十分対処できない部分もあります。筋弛緩状態は目で見て判断することが難しく、退室時にはモニターも外れているので、筋弛緩状態が十分回復している状態で病棟に送ることが大切だと感じています。

平田先生 例えば高齢な患者さんなどは、筋弛緩薬だけでなく麻酔薬や鎮痛薬といった他の薬剤の作用も遷延しやすく、覚醒が遅くなる場合があります。適切なスガマデクス投与で筋弛緩作用が切れていることが分かれば、原因が1つ排除できるという点も重要だと思います。

「  慌ただしくトラブルも起こりやすい覚醒・抜管時
1つでも手間と不安要素を取り除く工夫を  」

平田先生 スガマデクスは体重と筋弛緩状態の深さによって投与量が設定されており、日本麻酔科学会からもモニタリング実施下での適正投与について注意喚起されています。筋弛緩モニターなしにその筋弛緩状態が浅いのか深いのかの判断は難しいことと、筋弛緩薬の効果は個体差が大きいことから、経験に基づいた投与量が安全なのかは疑問です。そして、何らかの理由があってモニタリングが実施できない場合、深い筋弛緩状態を想定しておく必要があるのではないでしょうか。

藤森看護師 覚醒・抜管のタイミングは、看護師にとって非常に慌ただしいとともに、様々なトラブルが起こりがちな緊張する時間帯でもあります。トラブルは人数が少ないときほど重なるもので、手術が終わってホッとされている執刀医の先生に動き始めた患者さんの安全確保をお願いする、などといったこともあります。そんな中、あらかじめ2バイアルが手元にあると、1つでも手間と不安要素が消えて、他の業務に集中できます。

平田先生 近年、手術手技・手術環境が変化して、抜管前後の覚醒過程において手術看護師が担う業務、負担が増えていると思います。また、挿管時のリスクが高いことは認識されているものの、麻酔科医の中にも抜管時のリスクについては温度差があるかもしれません。挿管は十分な酸素化、換気を行ってから実施されますが、抜管時はそうではないためリスクが高い。そのようなことも考慮しつつ、適切な筋弛緩管理を行っていくべきだと考えます。

適切な筋弛緩管理における
私たちの取り組みポイント

京都第二赤十字病院