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取り組み事例レポート:独⽴⾏政法⼈国⽴病院機構九州医療センター

取り組み事例レポート

独立行政法人国立病院機構九州医療センター
頭頸部腫瘍センターの取り組みと
ICI治療選択およびirAE対策のため診療連携

2021年3月 掲載(2020年10月7日・8日 取材)

独立行政法人国立病院機構九州医療センター

独立行政法人国立病院機構九州医療センター

頭頸部腫瘍センターにおける診療連携のキーポイント

集学的治療が必須の頭頸部癌に対応するため多診療科・多職種連携で治療を行う頭頸部腫瘍センターを開設

九州医療センター(702床)は九州全域を診療圏とする高度総合医療施設と位置づけられる。がん領域においては、地域がん診療連携拠点病院に指定されており、同院の特色である「科の垣根を越えた組織横断的協力体制」によってあらゆる部位のがんに対して最先端の医療を提供してきた。

同院に頭頸部腫瘍センターが開設されたのは2017年4月のこと。以来、統括診療部長・頭頸部腫瘍センター長の中島寅彦医師を中心として、チームで「根治」と「QOL維持」の両立に挑んでいる。

頭頸部腫瘍センターの設置は、2016年に中島医師が同院へ赴任してきたことがきっかけだった。開設の理由について中島医師は次のように語る。

多診療科連携の目に見えるひとつの形として腫瘍内科と口腔外科が加わってのカンファレンスを実施

頭頸部腫瘍センターの存在が認知されるようになり、最近は他県から治療を受けに来る患者も増えており、頭頸部癌の手術は年間100例を超えるという。

頭頸部癌の治療は、QOLを低下させずに切除が可能であれば基本的に手術を選択する。しかし、局所進行がんも多く、代替手段として化学放射線療法(CRT: Chemoradiotherapy)も重要な選択肢になる。さらに、喉頭温存目的での導入化学療法や、より強度を高める治療法としてCRTに導入化学療法を先行して組み合わせる方法も行われる。そして、再発・転移癌には化学療法やICIを中心とした薬物療法が選択されることになる。

頭頸部腫瘍センターでは、導入化学療法や再発・転移症例に対する薬物療法は腫瘍内科が担当している。また、CRTは耳鼻咽喉科と腫瘍内科のいずれかが主治医となる。CRTを耳鼻咽喉科が担当するのは、手術の代替としてCRTを用いる場合や術後CRTのケースである。一方、切除不能な癌に対するCRTや導入化学療法後にCRTを行う場合などは、CRT前後に薬物療法の投与が必要であり、抗がん剤投与量も多くないため、そのマネジメントも含めてCRTも腫瘍内科の担当となる。

現在、新患の治療方針は、耳鼻咽喉科、腫瘍内科、口腔外科、放射線科などが参加して毎週行われる「頭頸部がんカンファレンス」で決定される。

この頭頸部がんカンファレンスについて、中島医師は「耳鼻咽喉科のカンファレンスといえば、多くの施設では耳鼻咽喉科医と放射線科医で行っていると思います。毎回必ず腫瘍内科医と口腔外科医も加わって合同で行うことがポイントです」と語る。毎週全症例をカンファレンスすることが、頭頸部腫瘍センターの多診療科連携の目に見えるひとつの形ともなっている。

ただし、耳鼻咽喉科と腫瘍内科のいずれが主治医になるにしても、初診時からの“入口”はあくまでも耳鼻咽喉科医がリードして治療の振り分けを行う。

「導入化学療法の効果判定などには耳鼻咽喉科も関与します。導入化学療法後に手術を行う場合もあり、CRTか手術かの治療の振り分けについては耳鼻咽喉科と腫瘍内科が双方で意見を出し合いながら行っています。とくに、導入化学療法からCRTになると4~5ヵ月という長期の治療になるので、最初の導入では、それが患者さんにとっていいのかどうかを腫瘍内科の判断も考慮しながら最終的にわれわれが判断しています」(中島医師)

再発・転移症例の適切なフォローのために耳鼻咽喉科と腫瘍内科の外来受診を同日に設定

頭頸部癌の治療において、欧米と異なり日本ではまだ多くの施設で外科系の医師が薬物療法も担当している。

同院では、腫瘍内科に一定の人員が配置されていたという恵まれた環境にあり、頭頸部腫瘍センターにおけるタスクシフティングが可能になった。

「外科医は可能な限り手術に専念し、薬物療法は腫瘍内科が中心になることでお互いがWin-Winの関係になるというのがタスクシフティングのコンセプトです。腫瘍内科は薬物療法の専門家であり、薬物療法による有害事象への対処についても外科医とは目の付けどころが違うという印象があります。そうした専門家が薬物療法を担うことは当然ながら患者さんにとっての大きなベネフィットになります」と中島医師。

瓜生医師は外科医と内科医の視点の違いについても触れる。

「外科医にとって癌の手術をするということは、手術のみで治癒させることを期待しています。しかし、ある一定の割合で、微小な癌が残存したり、長い潜伏期間を経て再発したりすることがあります。執刀した外科医としては、手術で叶えられなかった治癒を化学療法でなんとか目指したいとの思いに駆られます。一方、腫瘍内科の先生はあくまでもエビデンスに沿って治療内容を決めようとします。有害事象や治療後のQOLなどもトータルに考えて患者さんにとって何がいいのかを冷静な目で判断してくれます」

つまり、複数の医師が違った目で診ることが患者のメリットにつながるということだ。これが頭頸部腫瘍センターの大きな強みである。

再発・転移症例のフォローアップについては、耳鼻咽喉科と腫瘍内科の外来受診を同日に設定していることも見逃せない。薬物療法による有害事象のチェックは腫瘍内科が主に行い、口腔や咽頭など局所の病変が疑われたら耳鼻咽喉科や口腔外科がチェックして対応する。耳鼻咽喉科医と腫瘍内科医が同じ日に診ることで、患者の適切なフォローに加えて、お互いの不安軽減にもつながっている。

そして、タスクシフティングには次のような効用もある。外科は手術療法を中心に行うことで手術の質が上がる。内科は薬物療法を主導することでその専門性がますます高まる。結果として全体の医療レベルが向上し、チームとしての成長につながるのだ。

メディカルスタッフによる支持療法は判断基準を一覧表に明示して実施

化学療法の有害事象やICIの免疫関連有害事象(irAE:immune-related Adverse Events)の対策においても、最大の特徴は科や職種をまたいだ多くの医療スタッフが治療にあたる「診療科・職種横断的診療体制」にある(図1)。AEマネジメントを担うのは、耳鼻咽喉科・頭頸部外科、腫瘍内科、口腔外科、そして放射線科を中心とした治療担当診療科、多岐にわたるAEに対応し支持療法を担う専門診療科、メディカルスタッフ、救急外来などであり、治療担当医や各専門医以外がAEの一次対応にあたる可能性がある。

図1 九州医療センターにおける頭頸部癌の診療科・職種横断的診療体制(構成図)

九州医療センターにおける頭頸部癌の診療科・職種横断的診療体制(構成図)

耳鼻咽喉科ではICI治療は行わないのでirAEマネジメントは腫瘍内科が主導するが、CRT症例については腫瘍内科と連携してAEマネジメントにも関与する。

中島医師は「がん薬物療法において腫瘍内科へのタスクシフティングが行われたとしても、外科医にも化学療法や有害事象に関する知識は絶対に必要です」と強調。

これを受けて、瓜生医師もこう続ける。

「自分たちで化学療法を行わないにしても、治療によってどういうメリットがあるのか、逆にどのような有害事象が起きて、患者さんが耐えられるかどうかということを知っておく必要があります。耳鼻咽喉科と腫瘍内科で有害事象マネジメントに差があってはいけません。有害事象対策がうまくいっている部分をお互い勉強し合って、どちらでも同じように対応できるようにと心がけています」

頭頸部腫瘍センターでは有害事象への支持療法に関しても、メディカルスタッフへのタスクシフティングを進めている。たとえば、有害事象のグレードなどによってメディカルスタッフが支持療法を行ったり、口腔外科などへのコンサルトの必要性などを判断したりする(図2)

その実際について、瓜生医師は次のように説明する。

「薬物療法や放射線治療ではやはり有害事象に対する支持療法の判断が大事になってきますが、それをすべて主治医が行うのは困難です。そこで、支持療法の必要性の判断や対応についてある程度の基準をつくっておき、メディカルスタッフにタスクシフティングすることにしました。つまり、皮膚炎や口内炎、咽頭炎、体重減少や栄養、疼痛管理などいくつかの項目を設定し、看護師、薬剤師、栄養士、言語聴覚士がどう関与するかを明確化しました」

たとえば、食欲不振がある場合、あるレベルまでは看護師と栄養士が相談して食事変更を検討し、あるレベルを超えたら経管栄養を入れると決めてある。皮膚炎や口内炎の場合は、ここまでのグレードであれば看護師が口腔ケアを行い、それ以上になったら歯科医に相談をするなど具体的な基準を定めた。

「この2年ほどの試行錯誤で、ここまでの段階であれば医師に相談しなくても、自分たちで主体的に判断して動くという意識がメディカルスタッフの間にも浸透してきました」と瓜生医師。

中島医師も「タスクシフティングによってメディカルスタッフに興味や自覚、責任感を持たせていくことがチームの成熟につながります」と言う。

図2 メディカルスタッフへのタスクシフティング

【POINT】有害事象のグレードなどによってメディカルスタッフが支持療法を行うのか、口腔外科などへのコンサルトが必要なのかを判断

頭頸部癌放射線治療に対する支持療法

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

チームの役割分担が明確ではない隙間の部分はすべて耳鼻咽喉科が最終的に責任を持つ

中島医師は「タスクシフティングで重要なのはそれぞれの仕事を誰が主体性を持って行うかを明確化すること。私はこの病院でそこを進化させたいと考えています」と言う。

がんの治療においてはいかに役割を分担しても、どちらの役割とも判断しがたい境界の部分が生じる。瓜生医師は「その隙間の部分からこぼれ落ちたものはすべて耳鼻咽喉科・頭頸部外科が拾うつもりでいなければならない」と言う。

そして、司令塔はあくまでも耳鼻咽喉科・頭頸部外科だ。中島医師はこう強調する。

「薬物療法はその専門家である腫瘍内科が管理を行うことで、エビデンスに基づいた薬物投与や専門的な支持療法が充実し、患者のQOLとともに外科医のQOL向上にもつながります。ただし、薬物療法マネジメントは腫瘍内科に任せるものの、治療をすべて丸投げするのではなく、集学的治療自体の調整役は耳鼻咽喉科・頭頸部外科が務めるべきです。欧米では外科医と内科医はフィフティ・フィフティの関係が確立していますが、日本では頭頸部癌を診療する腫瘍内科医が不足しているため、まだまだ外科医の関与する比重が大きくなっています。外科医は治療方針決定までの入口から関与し、治療においてはそれぞれの役割と責任を分担した上で、最終的にはわれわれが責任を持つことが必要です」

頭頸部癌の薬物療法のレベルを上げるために外科と内科が互いにローテーションする教育を

頭頸部癌は解剖学的に複雑な部位に生じる。耳鼻咽喉科領域はもともと解剖が複雑でわかりにくい分野だ。癌の組織形態も多岐にわたる。また、呼吸、咀嚼・嚥下、発声、味覚嗅覚、審美性などQOLが大きく関与する。こうしたことから、内科系の医師は頭頸部癌を敬遠しがちだという。

同院はがん専門病院ではないこともあり、他診療科の医師に対して頭頸部癌について院内の勉強会や症例検討を行い、興味を持ってもらおうという努力を重ねてきた。

中島医師は教育の重要性について次のように言及する。

「頭頸部癌を扱う場合、内科医にも解剖を中心とした外科の知識が必要ですし、外科医も薬物療法について知っておく必要があります。外科の知識を持った上で頭頸部内科の専門家になるのが理想的です。一方で、外科医も内科で研鑽を積んで広い知識を身に付けることで、高い専門性を持ちながら、がん全体の治療ができる医師として成長できるのではないでしょうか」

実際に同院では、耳鼻咽喉科に配属された研修医を腫瘍内科へローテーションさせる教育も行われているという。

irAE早期発見と対応のキーポイント

がん薬物療法を腫瘍内科が主導することできめ細かな有害事象マネジメントが可能に

日本では腫瘍内科医が不足していることもあり、頭頸部癌の治療に腫瘍内科医が関与することはまだ少ないが、同院には4人の腫瘍内科医が在職しており、腫瘍内科が頭頸部癌のがん薬物療法を一手に担っている。腫瘍内科の扱うがん種では頭頸部癌が最も多くなっており、腫瘍内科の平成30年の新規症例約160例のうち約4分の1を頭頸部癌が占めた。

がん薬物療法全般の管理や院内マネジメントを行っている腫瘍内科科長・下川穂積医師は、頭頸部癌の薬物療法における腫瘍内科の重要な役割について次のように言う。

irAEの早期発見のためにICI導入前・導入後の検査項目を整理

同院では、irAE早期発見のために治療導入前・導入後に全例に対して行う検査項目を定めている(図3)。

「治療導入前は、ホルモンやKL-6、自己抗体などの血液検査、尿検査、画像検査、心電図・心臓超音波検査などを行います。検査項目が多く、安静時採血が必要であり、また必要に応じて甲状腺エコーや頭部画像検査も追加するので、腫瘍内科で短期間の検査入院をしていただいています」と下川医師。

さらに、治療導入後の定期検査はセットとして登録している。このセット検査は多くの検査項目をカバーしており、初回、外来ごと、月1回、3ヵ月ごと、必要時など検査を行うタイミングも細かく指定されている。

「実は、当初はもっと検査項目が多かったのですが、保険診療のからみもあって少し改良を加えたのです。検査科に保存血清で測定できるものを確認し、最低限の項目に絞り込みました。検査科には血清の保存をお願いしているので、後々何か出てきたときに振り返って前後で検査値を比較することもできます。そうした治療前後での比較が必要な項目については検査セット一覧表の備考欄に記載しました」(田村医師)

ICI治療を行うケースでは導入前・導入後に必ずこの検査セットに基づいてirAEのチェックを行うことになっている。ICI治療を行う各診療科へも「こういう検査セットを組んでいるので使ってください」とアナウンスしている。

ただ、課題もある。「当院は医師が頻繁に入れ替わるということもあり、こうしたツールを浸透させてirAE管理を継続することの難しさもあります」と下川医師は語る。

図3 ICI導入前・導入後の検査項目

【POINT】 治療導入前や導入後の検査項目と、検査タイミングを細かく指定

ICI導入前・導入後の検査項目

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

夜間休日もがん患者は断らないことを定め当直医にもirAEの初期対応を周知徹底

同院では「免疫チェックポイント阻害剤適正使用副作用対策小委員会」が設置されており、irAEについての情報共有と多職種間での症状の把握に努めている。

この副作用対策小委員会は、ICIが最初に肺癌に導入された頃に、腫瘍内科の前任部長と呼吸器内科の前任部長が緊急体制を整える必要性を感じて立ち上げたものだという。

「副作用対策小委員会を発足した際に、各診療科の専門医にも有害事象対応の協力をお願いし、特筆すべき有害事象が起こった場合にはその対応にあたった専門診療科と合同で症例検討会を行って知識と経験の共有を行うこととしました」と下川医師。

この副作用対策小委員会が中心となって整備されたツールが前述の治療導入前・導入後の検査セット、そして当直医のirAEへの一次対応を想定した「免疫チェックポイント阻害薬有害事象休日夜間対応マニュアル」である(図4)。

図4 irAE休日夜間対応マニュアル

【POINT】 irAEでとくに重篤で緊急性の高い事象を挙げ注意喚起

irAE休日夜間対応マニュアル

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

まず、ICI治療中と治療歴のある患者については、電子カルテのトップ画面・掲示板に〈ICI使用中、もしくは使用歴があること〉と〈緊急受診時にはICI副作用対応マニュアルに沿って対応すること〉の2点を必ず記載するようにしている(図5)。これは同院ががん以外の疾患も診る総合病院であり、すべてのメディカルスタッフががん治療に特化していないがゆえの工夫でもある。

マニュアルでは、ICIのirAEでとくに重篤で緊急性の高いものとして間質性肺炎、大腸炎、1型糖尿病、重症筋無力症・筋炎、下垂体炎、脳炎などを挙げて、当直医への注意を喚起している。

そして、irAEの各症状を網羅した「有害事象休日夜間対応チェック表」で症状や所見を確認した上で、定型検査を実施するよう定めてあり、検査項目はセット検査に登録されている。甲状腺ホルモンや胸部X線など忘れがちな検査項目は月1回は必ず確認するようにしている。

当直医は検査結果を確認した後、全例について、ICI投与診療科オンコール医または主治医、投与診療科の他ドクターに連絡・相談することになっている。

「患者さんのカルテのいちばん最初に表示される部分にICIを使用していることを記載し、何かあれば連絡をするようにと伝えることが最も大事なところです。最初の入口のところで漏れがないようにしなければなりません。当直のマニュアルには、当院にがんとHIVでかかっている患者さんは断らないよう明記してあります。休日夜間に救急で受診したり病院に連絡するほどですから、患者さん自身、相当な異変を感じており、重篤なirAEが起こっている可能性も高い。仮にirAEに特徴的な症状がなくても、ICI治療中あるいは治療歴のある患者さんが ”いつもと違う” と感じている場合は、そのまま帰さずに検査をする必要があります。症状が当てはまらないからと軽く見て放置したり、安易に帰宅させてしまうことは絶対に避けなければなりません」と田村医師は強調する。

さらに、副作用対策小委員会では院内勉強会も実施し、当直医など治療担当医以外でもirAEの一次対応をフォローできる体制の整備を心がけている。

図5 電子カルテのトップ画面(掲示板)

【POINT】 緊急受診時には、免疫チェックポイント阻害薬対応マニュアルに沿って対応するよう掲載

電子カルテのトップ画面(掲示板)

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

不定愁訴のように思える自覚症状でも“漠然とした違和感”を糸口にirAEの早期発見に至ることも

同院で2014年9月から2020年8月までにICIを投与した症例は359例を数える。両医師が、これまでのICIの使用経験から感じている頻度の高いirAEは、甲状腺機能障害や皮疹だという。比較的頻度の高いirAEである内分泌異常について、腫瘍内科と代謝内分泌内科で調査したところ、甲状腺機能低下症12.8%、甲状腺中毒症8.6%、下垂体機能障害1.2%だった。

「irAEはICI使用から長期間経過して発症する症例もありますが、多くは最初の3ヵ月程度で発症するので、この期間はとくに観察を密にするなど慎重なフォローが必要です」と下川医師。

また、田村医師はかつて、重大なirAEである心筋炎を発症した患者を診た経験があった。

「暑い時期で、夏バテかと思って家で休んでいたのですが、病院に来られたときには心機能がかなり落ちていました。循環器科で心筋生検を行ったところ、薬剤性の心筋炎と診断されました。本人は『なんかきついな』と感じていただけで、心筋炎だとわかるまでに数週間を要してしまいました。心筋炎のirAEの頻度は低いため気づかれにくいのです」(田村医師)

心筋炎は初期症状が軽微でも急速に劇症化することがある。ときに致死的な不整脈の原因になるので、いかに初期段階で発見して対応するかが重要になる。しかし、早期発見が難しい場合も少なくない。それは「心筋炎、甲状腺機能障害、下垂体機能低下などは不定愁訴のような症状として現れる」(田村医師)という傾向があるからだ。

下川医師は次のように指摘する。

「頻度は低くても重篤になるリスクのあるirAEをどう拾い上げるかが重要です。しかし、重大なirAEほど最初は『なんだかきつい』とか『動けない』といった不定愁訴のような主訴であることが少なくありません。軽い症状から始まって重篤化するようなirAEを経験したことのない科では鑑別に上がらないこともあります。ですから、院内でそういう症例が出たときには情報を共有して注意喚起をすることが大事だと考えています」

ICIのirAEには特徴的な症状がある。しかし、そこに当てはまらない例をどう拾い上げるか。そこがirAEマネジメントの重要ポイントだろう。

「患者さんは自分の体調の異変についてうまく判断できませんし、自覚症状を的確に表現できるとも限りません。『いつもと違う』『なんか変』といった“漠然とした違和感”を訴えたら、irAEの可能性を疑い、きちんと拾い上げて診断しなければならないと思います。患者さんに対しても、『こういう症状があったら連絡してください』ということはもちろん必要ですが、『何かいつもと違ったことがあったり、きつかったりしたら来てください』と説明するようにしています」と下川医師は言う。

ICIと化学療法の併用、ICI同士の併用も視野に有害事象マネジメントのさらなる充実を目指す

ICIのirAE対策を院内外に定着させるためには医療スタッフなどへの研修も重要になる。同院では不定期だが院内勉強会や症例検討会を行っている。他にも地域医師のための生涯教育セミナー、九州医療センターフォーラムなどを利用して、院内医師や外部講師による勉強会、看護師や薬剤師向けの研修・勉強会、患者や地域医師に向けての講演会なども広く実施している。

また、田村医師は、日本頭頸部外科学会、日本臨床腫瘍学会、日本口腔外科学会の3学会間で診療連携協力を推進するために整備された「頭頸部癌診療連携プログラム」で、日本臨床腫瘍学会側の九州地区エリアリーダーを務めており、県内で頭頸部癌を診ている医師の勉強会を企画することなどを考えているという。

同院ではICIのirAEマネジメントに関して、院外との診療連携などは行っていない。有害事象発症時の臓器別専門医へのコンサルトは院内で完結できるからだ。そこが総合病院であることのメリットだ。逆に、がん専門病院から有害事象や合併症のある患者を紹介されることがあるという。

今後の課題として想定されるのはICIと他の薬剤との併用時における有害事象管理だという。

「ICIと化学療法の併用では、どちらの有害事象か判断に迷うケースも出てくると思われ、有害事象対策が複雑化することが考えられます。もっとも、患者さんが異変を感じたときにはすぐ連絡をしてもらうといった対応はICI単独の場合と変わりません」(田村医師)

「ICIと化学療法併用については頭頸部癌で何例か始めており、使用経験を重ねる中で有害事象の発現の特徴を把握していかなければと考えています」(下川医師)

また、2020年8月、ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)は、200mgを3週間間隔で投与する従来の治療に加え400mgを6週間間隔で投与する治療も選択できるようになった。これについては「効果や有害事象など臨床データが揃うまでは待ちのスタンス」と田村医師。「状態が安定していて患者さん本人が希望されれば治療間隔の切り替えも考慮すると思います」と言う。

最後に、ICIのirAEマネジメントに関する課題として下川医師は次のように述べた。

「ICIの使用経験を重ねている診療科や腫瘍内科では情報共有も進み、irAEの管理はだいぶできてきていると思います。課題は、ICIを導入する患者さんやこれから使用を始める診療科も増えてくるので、院内の医療スタッフへの情報共有や教育を徹底することです。また、ICIの多彩な使い方に関して臨床データを蓄積していくのもわれわれ腫瘍内科の仕事だと思っています」

頭頸部癌治療における医科歯科連携の連携キーポイント

口腔管理の医科歯科連携を円滑に行うため医科歯科共通の口腔機能管理計画書を作成・運用

頭頸部癌の薬物療法や放射線治療では口腔内有害事象が高い頻度で起こるため、そのマネジメントについては医科歯科連携が必須だ。したがって、頭頸部腫瘍センターにおける多科連携では歯科口腔外科(以下、口腔外科)も重要な役割を担っている。

同院の口腔外科は口腔癌の治療についても意欲的に取り組んでおり、進行がんに対する超選択的動注化学放射線療法などで実績を上げている。口腔癌で薬物療法を行う場合は腫瘍内科が担当する。有害事象管理など患者の外来でのフォローは口腔外科と腫瘍内科の2科で行う仕組みができている。

なお、頭頸部癌の中でも口腔に発生する腫瘍は耳鼻咽喉科と口腔外科で診療範囲が重なっており、これまで医科と歯科がさまざまな意見交換を行ってきた歴史があり、現在、口腔の悪性腫瘍の治療にあたっては医科歯科連携を行うことが必須とされている。

同院でも口腔癌の治療においては、耳鼻咽喉科、口腔外科、腫瘍内科、放射線科、形成外科の各診療科とメディカルスタッフによる集学的治療が行われている。毎週行われる「頭頸部がんカンファレンス」には口腔外科も参加し、治療方針決定や有害事象対策などについて各専門家同士で意見交換する。口腔外科の参加により、がん治療における口腔管理の重要性を他科の医師が再確認できるため、このカンファレンスは医科歯科連携の目に見える実践の場となっている。

頭頸部癌をはじめ、がん薬物療法の有害事象マネジメントに口腔外科も参加し、医科歯科連携を行う必要性が広く認識されてきたのは比較的最近のことだ。

歯科口腔外科部長・科長の吉川博政歯科医師は、「きっかけは2012年6月に『がん対策推進基本計画』の見直しが行われたことだった」と語る。

「各種がん治療における有害事象の予防や軽減など、患者さんのQOLの向上を目指した医科歯科連携による口腔ケアの推進、口腔機能・衛生管理を専門とする歯科医師との連携強化が明記されたのです。当科では口腔癌の治療も行っていることもあり、経験から頭頸部癌の患者さんの経過をよくわかっているので、その知識を駆使して患者さんが治療を最後まで完遂できるようにお手伝いできればと考えています」

同院では、医科歯科連携を円滑に行うことを目指し、独自に医科歯科共通の「がん周術期口腔機能管理計画書」を作成している。口腔機能管理計画書は手術用、放射線・化学療法用の2種類があり、医師・歯科医師の情報が1枚の書式にまとめられている。

実際の運用は、各診療科医師が治療予定、基礎疾患の状態、生活習慣などの患者情報を記入し、口腔外科へ診察を依頼する。口腔外科は口腔診査を行って、治療内容やスケジュールに基づいて必要な口腔管理を決め、口腔機能管理計画書を作成する。計画書は患者にも手渡される。

「とくに化学療法を受ける患者さんの場合、白血球の減少に伴う歯性感染症などを口腔管理によって防止することが重要になります。口腔機能管理計画書を運用することで、院内の医科歯科、さらに地域歯科診療所との連携がスムーズになりました」

治療前に口腔管理が必要ながん患者はMCセンターを経由して口腔外科を受診

がん周術期において、医科歯科連携による口腔管理のコントロールタワーともいうべき機能を果たしているのが、2014年7月に開設されたメディカルコーディネート(MC)センターである。

MCセンターは入退院支援・外来支援など総合医療支援を行うセクションだが、入院支援においては多職種による医療支援が行われ、そのひとつとして周術期口腔管理の支援が大きな役割となっている。

MCセンターの開設に伴い、口腔管理が必要ながん患者はMCセンター管理下に自動的に口腔外科を受診することになった。患者が必要に応じて口腔外科を受診できるこのシステムは、医科歯科連携の入り口であり、がん治療における口腔管理の重要性を患者自身が認識するためのよい契機ともなる。また、地域の歯科医院で管理を行った患者についても、入院後に継続して歯周病治療などの口腔内管理を行うシステムが構築されている。

院内の場合、手術あるいは放射線治療・化学療法を受ける前に、患者は口腔外科を受診して診察・X線検査などを受け、う歯や歯周病など口腔内に治療すべき部位があればがん治療を行う前に歯科治療を行う。治療までの猶予がある場合は、かかりつけの歯科に指示書を出して入院までに治療を終えてもらう。

がん周術期の口腔管理依頼患者数はMCセンター開設前の2014年1~6月は88人だったが、開設後の7~12月は341人と急増。その後も順調に増加し、2017年の口腔管理依頼者数は829人だった(図6)。

また、MCセンター開設後は手術や化学療法などの治療を行うまでの期間が大幅に短縮されるとともに、入院後の継続管理は増加し、口腔管理の継続が順調に行われるようになった。

図6 がん周術期の口腔管理依頼患者数

がん周術期の口腔管理依頼患者数

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

患者には薬物療法を行う治療前からMCセンターにて口腔管理を実施

がん薬物療法を行う患者がMCセンター経由で口腔外科を受診すると、治療前の口腔管理とともに、治療が始まってから起こりうる口腔内有害事象についての説明が行われる。

実際に化学療法やICI治療がスタートした後は、口内炎や口腔粘膜炎が強く出るような場合はその段階で患者は口腔外科を受診する。

「治療が始まった後に患者さんを個別に診ていくことはマンパワーの面からもできないので、各診療科や外来化学療法センターで診ていて、患者さんから食べにくいとか痛いといった訴えがあった場合には当科に連絡をしてもらいます。そういう場合も、事前にその患者さんの口の中を診ているので、どこが悪くなっているか、どんな状態なのかを推測することができます」

つまり、早期から口腔外科がかかわることで、口腔内有害事象への対応がスムーズに進むということだ。

化学療法やCRTでとくに問題になる有害事象は口内炎、とくに口腔粘膜炎だ。グレード3以上になると高度な疼痛を伴い、経口摂取を困難にするためにQOLを著しく低下させる。さらに栄養状態を悪化させるため、口腔粘膜炎のマネジメントの成否はそのまま治療の成否につながる。

「経口摂取に支障が出ると抵抗力も低下し、栄養状態が悪くなってPS(Performance Status)も下がります。それによって治療の継続が難しくなることもあります。われわれはNST(栄養サポートチーム:Nutrition Support Team)にも参加していますので、適切な栄養管理を考えながら対応していきます。また、口腔粘膜炎によって粘膜がただれると細菌感染を起こす可能性もあるので感染予防も重要になります」

さらに吉川医師は、口腔内有害事象においてとくに注意すべき点として「口腔粘膜炎から誤嚥性肺炎を起こすことが少なくない」ことを指摘する。

ICI(抗PD-1/PD-L1抗体)による治療で起こりうる口腔内有害事象としては、口腔乾燥症、味覚障害、扁平苔癬様反応(口腔粘膜炎)がある。だが、「ICI治療による扁平苔癬様反応などの報告を受け対応することは多くありません」と吉川医師。その理由の一端について「ICI治療を行う患者さんの多くはすでに化学療法を経験しており、化学療法による強い口腔粘膜炎などで食事が食べられないなどの経験をした方は、ICIで口腔内有害事象が出たとしても、過去の経験と比べて食事がとれるかどうかと判断するため、訴えが少ないのではないかと思います。ただ、ICIと化学療法の併用においてはICI単独の場合とは違ってより注意が必要でしょう」と言う。

口腔内有害事象の予防・軽減を目的に、同科ではがん薬物療法を行う患者全例に口腔内保清・保湿のための口腔ケアを指導している。

口腔管理を行っても化学療法による口内炎などの有害事象を完全に予防することはできないが、ある程度は軽減することが可能だ。吉川医師は「とくに頭頸部癌では治療開始前から継続して口腔ケアを行うことが必須です」と強調する。

有害事象の早期発見・対応のキーポイント

頭頸部癌特有の機能障害で会話が難しい場合もあり情報を正確にキャッチすることを心がける

がん薬物療法を行う際、治療現場で安全・適切な投与管理とともに有害事象へのケアなどを行う看護師は、患者にとって最も身近な存在だ。

がん化学療法看護認定看護師の矢葺弓貴看護師は外来化学療法を行う外来総合治療センターに所属する。

外来総合治療センターはベッド数25床。うち1床は十分な広さと酸素吸入の設備があり、アレルギー症状発現時やinfusion reactionなど緊急時に対応できるようになっている。すべてのベッドはパーティションを用いたセパレート方式を採用している。

外来総合治療センターには6人の専任看護師が在籍している。当然ながら、毎日は多忙をきわめる。矢葺看護師は外来総合治療センターだけでなく、副看護師長も兼務している。

矢葺看護師はすべてのがん種の患者を担当しているが、とくに頭頸部癌患者へのケアとして重視しているのは次のようなことだという。

「頭頸部癌の患者さんは高齢の方が多く、かつ嚥下困難や発声障害などがあり、ご自身の意思を相手に伝えることが難しい場合もあります。そこで情報をいかに正確にキャッチするかに重点をおいて患者さんにかかわらせていただいています。もちろん自分一人では無理なので、外来総合治療センターのスタッフ全員で患者さんを見て、『今日、なんかちょっと変だよね』といった気づきを共有するようにしています」

頭頸部癌の患者はこうした意思疎通の難しさに加えて、栄養障害のある患者も少なくない。栄養状態のチェックも看護師の大切な仕事だ。

「患者さんに『お食事は食べられていますか?』と聞いても『食べられています』としか返してきません。実際にはほんの少ししか食事をとっていない場合もあるので、本当にどのくらい食べられているのかを患者さんやご家族の方から具体的に聞き出した上で医師に情報を伝える必要があります。話を聞き出すためにスタッフがごく自然にやっているのは、たわいない雑談から情報を引き出すというやり方です。たとえば、『この前テレビでやっていた特集見ました? おいしそうでしたよね』といった話から始まり、どんな食べ物が好きなのか、その食べ物をいまどれくらい食べているかなどを聞いて、そこから体調の変化などの話につなげていくような感じです」

看護師は外来で長い経過の中で患者と接している。したがって、体調の変化などにも気づきやすい。それが外来総合治療センターの看護師のアドバンテージだという。

薬剤投与前に患者は症状確認シートを記入
気になる症状があればその時点で腫瘍内科へ報告

有害事象の早期発見のために看護師が活用しているのが「症状確認シート(問診票)」(図7)だ。

図7 症状確認シート

【POINT】 気になる症状があれば、詳しく話をうかがった上で、医師に報告

症状確認シート

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

投与当日は、患者には1時間ほど早めに来てもらい、治療室でまず採血を行う。患者はその順番待ちの間に症状確認シートに記入する。そして、採血の順番が来たときにそれをチェックし、気になる症状があれば患者や家族から詳しく話を聞いて、その時点で医師に報告するという流れになっている。

腫瘍内科は外来総合治療センターと同じフロアにあり、すぐに出向いて意思疎通が図れる環境にあるので、こうした連携はスムーズだ。

また、看護師は採血の間の患者の様子を観察し、治療が始まる前にミーティングを行って情報を共有しておく。患者の様子が気になった場合は、治療中に重点的に話を聞くなどサポートにメリハリをつけている。副作用やバイタルサイン、治療計画は、看護師がテンプレートに毎回入力している(図8)。

症状確認シートには身体症状だけではなく「こころの状態」と「気持ちのつらさで日常生活にどのくらい支障があったか」という質問も設定されているのが大きな特徴で、ここからも患者の状態を推測することができる。

「患者さんは身体的な症状だけではなく、精神的あるいは社会的、経済的な問題にも苦痛を感じていることが少なくありません。そういう問題は家族にも言いにくいため、患者さんの悩みとしてはそちらの方が大きい場合もあります。そもそも頭頸部癌の患者さんはボディイメージの変容などによる精神的苦痛を感じています。それに加えて薬物療法の有害事象で皮疹が出て、『人前に出たくない』とか『こんな恥ずかしい姿を見せられない』と悩んでいることもあります。そういう思いを十分理解した上でケアを充実させて、予防できるところはしっかり予防しなければいけません」

あるいは、病気のことを家族に話しておらず、「抗がん剤で脱⽑が出ると、がんだということが両親に知られてしまうんじゃないか」と懸念する患者もいる。看護師はそうした患者の微妙な精神状態などについても医師らと情報共有しながら支援していく。

「ただ、そうした心の問題はなかなか他人には相談しにくいものです。でも、患者さんによって『この人には話せる』ということもある。そういう意味で多職種がかかわるのはとても大事なことだと日々感じています」

同じ看護師の中でも複数の目で見ることを重視しており、外来治療に来た患者の担当はリーダーが采配してあえて前回と違う看護師を充てる。そして、患者の様子について、治療後に情報を全員で共有する。そうしたチームワークが自然発生的に生まれ、浸透しているのだという。

図8 化学療法施行患者について看護師が入力するテンプレート画面

【POINT】 化学療法をする際は、看護師がテンプレートに沿って、副作用やバイタル、治療計画を入力

化学療法施行患者について看護師が入力するテンプレート画面

提供:九州医療センター(2020年11月現在)

有害事象の日常生活への影響を把握するため外来での様子や動きを詳細に観察する

薬物療法の有害事象の早期発見・対応のために、さまざまな職種がそれぞれの専門性から患者を気にかけている。では、看護師ならではの目線というものはあるのだろうか?

「看護師としてしっかり把握しなければならないのは、有害事象の症状が患者さんの日常生活にどう影響を与えているかということです。たとえば、しびれの症状があっても、患者さんに聞くと『大丈夫です』と答えがちです。でも、生活の中でどういう点が不便かを深掘りしていくと、『実はペットボトルのキャップが開けられなくて』と具体的に答えてくれたりする。『それは日常生活をしていく上でつらいのでは?』と聞くと、『うん、そうだね』と本当の状況がわかります。皮疹があれば、もしかしたらかゆみで夜も眠れていない可能性もあるし、吐き気で食事が食べられていないかもしれません。こちらが漠然と質問しただけでは『大丈夫』で終わってしまいますが、本当は一つひとつ丁寧に聞かなければいけないことがたくさんあるのではないかと思いながら患者さんと接するようにしています」

患者に具体的に聞くだけではなく、「外来治療の際、患者さんの様子や動作などについて子細に観察することも大切です」と矢葺看護師は言う。持参したペットボトルを開けにくそうにしていたら、しびれがあるのかもしれないと疑う。

「以前は身ぎれいにしていたのにシャツのボタンが開いていたら、しびれでボタンをかけられないのかもしれません。看護師は皆、そうしたことを察知して患者さんに尋ねるように心がけています」

いつもはすたすた歩いているのに今日はなんとなく歩き方がおかしい。普段ニコニコしている人なのに今日は笑顔がないな。そうした些細な変化をキャッチする能力。それがまさに“看護の目”なのだろう。

「ただ、1人の目で見ても1方向からしか見えませんから、スタッフの中で細かに情報共有するように心がけています。『あの患者さん、今日ちょっと変だと思うから気にかけておいて』と勤務中にやりとりし、みんなで注意して見るようにしています」

あるいは、患者の心のつらさ、日常の動きなどを観察し、診療科看護師と情報共有をしたり、場合によっては緩和ケアチームへの橋渡しをしたり、在宅支援を入れた方がいいのではないかと地域連携室に連絡をしたりする。そうしたコーディネーター的な役割も看護師にしかできないことだ。

典型的な症状に当てはまらない場合も「変だな」と思ったらすぐに連絡するよう伝える

ICIのirAEマネジメントにおいては、「とくに大事なのは患者さんにしっかり指導すること」と矢葺看護師。ICI導入時には、有害事象の説明に対する患者の理解度を確認するため、どう解釈したかを患者自身に自分の口で話してもらうようにしているという。そして、患者の反応がどうだったかを薬剤師などかかわる職種全員に申し送りしている。

「ICI治療を導入した患者さんの多くはすでに化学療法を経験しており、有害事象への対応方法をご自身でマスターしています。既存の抗がん剤の有害事象の知識から、患者さんは『2、3日すれば良くなるだろう』と放置しがちです。ですから、ICIの有害事象は違うということを明確に伝え、症状があればすぐに受診するように指導しています」

化学療法を体験したことが逆に油断につながることもあるらしい。

「とくに下痢などは羞恥心があって患者さんは言いづらいようですが、そこはしっかり確認しなければいけません。もともとの排便のペースがどれくらいかを把握した上で、そこから回数がどのくらい増えているかを聞く必要があります。そして、少しでも排便回数が増えたら連絡をするように指導します。2、3日様子を見て良くなる症状ではないかもしれません。『病院は24時間開いているので夜間でも連絡してください』と伝えます」

患者にはICI導入時にパンフレットなどを使って多彩なirAEの症状を説明しておくが、患者の症状がそれに当てはまらない場合もある。矢葺看護師は「典型的な症状に当てはまらない場合でも、『変だな』と思ったらすぐに連絡してください」とアドバイスしているという。

「頭頸部癌の患者さんは高齢の方が多いこともありますから、irAEの説明は継続して繰り返し行うことが重要です。今後、キイトルーダ®の6週間間隔投与が行われるようになると、受診間隔が空くわけですから、患者さんへの教育はますます大切になってくるのではないかと思います」

がん薬物療法を安全に実施するためのキーポイント

がん薬物療法の有害事象管理を中心として外来総合治療センターおよび病棟で専任薬剤師が活躍

ICIが広く使用されるようになり、頭頸部癌の薬物療法はより複雑化し、薬剤師の役割もきわめて重要になってきている。同院でのICIや抗がん剤の適正使用と有害事象管理において多くの薬剤師が外来・病棟で活躍している。

外来総合治療センターの薬剤師の定数は3人で、ローテーションで必ず1人が常駐している。その1人が薬務主任を務める木村滋薬剤師で、2020年にがん専門薬剤師の資格を取得している。

外来でのがん薬物療法を始める際の薬剤師の役割について、木村薬剤師は次のように話す。

頭頸部癌の特殊性を考慮して服薬指導や薬物相互作用のチェックを

頭頸部癌の特殊性を考慮して、薬剤師として心がけている点は何かあるのだろうか? 堤薬剤師に聞いた。

自宅での患者の療養生活を見すえて有害事象の発現時期を考慮したフォローを

有害事象の早期発見・対応にも薬剤師ならではのアプローチがある。とくに重視するのは自宅での生活の中でいかに有害事象に気づき、対応できるかということだ。木村薬剤師は言う。

「化学療法であればそれぞれの有害事象の発現時期がある程度わかるので、時期ごとの自宅での注意事項をお話しします。患者さんが最も困るのは、『家で何かが起きたときにどうしたらいいかわからない』ということ。心配なことがあればすぐに病院へ連絡するよう伝えるのはもちろんですが、たとえば下痢が起きやすい化学療法のレジメンであれば、治療後に下痢止めを持って帰ってもらうなど対処法を医師に相談することもあります。何かが起きたときの方法を知っておくだけでも患者さんにとっては安心材料になります」

入院患者においても同様に「有害事象の発現時期を考慮したフォローが欠かせない」と堤薬剤師。

「化学療法の場合、投与後は急性期の副作用が出やすいので、こまめに患者さんのベッドサイドにうかがって確認します。その際、『何かありますか?』という漠然とした質問ではなく、直近で出やすい有害事象を想定して、『吐き気はないですか?』『お通じの変化はありませんか?』『ご飯は食べられていますか?』と具体的に答えやすい質問をするように心がけています。そして、退院する時期が近くなると、骨髄抑制を意識したチェックや指導が中心になります。骨髄機能の検査値を見ながら、この後変化するかもしれないと予想される患者さんには、退院して自宅に帰った後の生活で『しっかり感染対策をしてください』とか、貧血が進行している人には『ふらつきに注意してください』と強く指導します。大切なのは、患者さんがイメージしやすいように、有害事象の発現時期に合わせて説明することではないかと考えています」

有害事象が現れたときの支持療法についても薬剤師独自のアプローチがある。それはたとえば、症状の現れ方や検査データなどから原因を正しく特定して、支持療法のための薬剤選択を医師に提案することだ。

とくに、「薬学的な知識とエビデンスをもとにして情報提供を行うことが重要」と両薬剤師とも口を揃える。

木村薬剤師は次のように説明する。

「たとえば、下痢が出たから下痢止めをという単純な考え方ではなく、下痢の原因をよく考える必要があります。抗がん剤の有害事象であれば下痢止めで対応できますが、感染症による下痢の場合は、下痢止めの使用は控えなければなりません。その患者さんの状態や電子カルテの検査データなどを見て、症状の原因を的確に判断して対応することも薬剤師の役割だと思っています」

複数のirAEに共通する頻度の多い症状や気づきやすく、見落とさないでほしい症状を強調して伝える

ICIのirAEの早期発見のコツとして、従来の化学療法と比べて異なる点があるのだろうか? 木村薬剤師に聞いた。

「ICIの有害事象は、頻度は少ないものの多彩な症状が現れます。とくに化学療法を体験している患者さんにはこの点をしっかりと説明する必要があります。1型糖尿病や大腸炎、重症筋無力症など頻度は低いけれども特徴的で早期に対応しなければならないものについては、症状を詳しく説明しておき、何かあったらすぐに連絡するよう強調して伝えます」

とくに、ICIを初回から外来で導入する場合、多彩な有害事象の説明を受けて面食らい、過剰な不安を抱く患者も少なくないという。木村薬剤師はこう続ける。

「患者さんが『副作用がいっぱい出るんだね』と恐れている場合に強調するのは『頻度はそれほど多くない』ということです。その上で、重篤になりやすいものもあるので出たときは気をつけるよう注意喚起します。それで多くの患者さんは納得して安心されます」

また、有害事象の現れ方も人それぞれであることも考慮する必要があるという。

「以前、眼瞼下垂から重症筋無力症の有害事象が見つかったケースがありました。『運転していて、まぶたが落ちてくるんだよね』という患者さんがいて、いろいろな検査をしたところ重症筋無力症だということがわかったのです。そうした経験を踏まえ、他の患者さんにも『こんな症状があったらすぐ連絡してください』と伝えるようにしています」と木村薬剤師は言う。

入院患者の場合、病棟での教育・指導を徹底することが退院してからのリスクマネジメントにつながる。幸い、入院していれば患者と話す時間は外来よりも長くとることができる。堤薬剤師が患者へ重点的に話すのは次のようなことだ。

「強調するのは、まず倦怠感など複数の有害事象に通じる症状です。それを知っておくだけでも、退院後、違和感に気づくきっかけになります。それから、重篤になると危険な有害事象の症状は気をつけるよう伝えます。肺炎であれば咳が出るといった症状です。すべての有害事象が症状から見つかるわけではないのですが、自覚症状として気づきやすいもの、見落としてほしくないものは患者さんの頭に残るように定期的に繰り返してお話しするようにしています」

堤薬剤師はirAEの拾い上げのために検査データの推移にも着目している。

「導入前の検査データを把握しておき、導入後にどう変化したかを正しくチェックすることが重要だと考えています。患者さん本人の症状を確認するのはもちろんですが、irAEの兆しは数字にも現れます。ICI投与による変化をとらえるには、最初の下準備として導入前の初期状態を知っておくことが必要です」

テレフォンフォローアップによるICIのirAEモニタリングを模索中

現在、ICI副作用対策小委員会を中心に、ICIを使っている患者の有害事象のデータベースの構築を試みている。経時的な投与スケジュールに沿って有害事象の出現状況やグレードを入力していき、有害事象マネジメントに役立てようというものだ。薬剤部はそのデータ収集に取り組んでいる。患者名や投与日、診療科などを薬剤部で入力し、投与日ごとに医師がグレードを入力していく。

一方、木村薬剤師が最も気にかけているのは自宅療養の患者の有害事象管理だ。とくに、「安全性と利便性の兼ね合いになると思いますが、ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)の6週間間隔投与など、受診間隔が空いた患者さんをどうフォローするかがますます重要になってくるでしょう」とみている。

堤薬剤師も「投与は6週間ごとでも、3~4週間おきに外来受診してもらい、患者さんの顔を見てフォローしていく必要があると思います」と言う。

有害事象マネジメントについての取り組みとして現在、木村薬剤師が模索しているのは、地域における患者のフォロー体制だという。

「テレフォンフォローアップによってICIのirAEのモニタリングができないかと個人的に考えています。有害事象の現れやすい時期に患者さんへ『お変わりありませんか?』と電話連絡をして状態をチェックしていく仕組みです。さらに、当院だけではなく、地域の調剤薬局とも協働しながら有害事象管理をしていければいいと思います。患者さんにとって気軽に連絡できる場所が必要です。その連絡先が調剤薬局であれば、そこから直接当院に連絡が来たり、調剤薬局の薬剤師の先生から患者さんに病院への連絡を勧めてもらうようなシステムができればと考えています」

がん薬物療法の外来シフトが進む中、有害事象マネジメントで最も重要なのは患者をフォローする機会や接点をどれだけ確保できるかに尽きる。木村薬剤師は「診療報酬で医療機関と地域薬局が連携した外来化学療法サポートに連携充実加算が認められたことも、ひとつの追い風になる可能性がある」と言う。

コラム

頭頸部がんカンファレンス

頭頸部がんカンファレンスは毎週木曜の16時から地下の放射線治療準備室で開催される。出席者は耳鼻咽喉科医、腫瘍内科医、放射線科医、口腔外科医、放射線科看護師など約20名。
カンファレンスでは、新患の治療方針決定や患者の治療経過、有害事象の報告などが行われて、全員で情報を共有する。
基本的にすべての症例を検討するが、CRTはじめ放射線治療にかかわる症例が多いことから、司会は放射線科医が行っている。
中島医師は「時間的な制約もあるが、いずれは薬剤師や化学療法を担当する看護師にも参加してもらえたら」との意向を持っている。

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